自分らしい生き方を求めて働き方や私生活が多様化する現代。その波は美容業界にも……
今回は、東大阪・荒本のサロン ZIP second のスタイリスト 北原 練さんを直撃。
練さんは、世界を旅しながら路上でカットする「ストリートカット」を行いその動画をSNSに公開し、大きな反響を呼んでいる。
彼のストリートカット旅の背景を探ると、そこには美容の最前線をつくる美容師という職業の中で「自分らしく」楽しんで働くためのヒントが詰まっていた。
思い付きで世界に 「美容師ってなんだっけ?」
写真中央、少年にヘアカットをする黒いニット帽の男性。この方こそ、「ハサミで世界をハッピーにする」を掲げる北原練さん。
彼はもともと、国内を巡る一人旅をはじめ大阪・西成でストリートカットをしていた。そして現在までに、タイ・カンボジア・ベトナム・フィリピン・インドの5カ国に訪れ、多くの人の笑顔を咲かせている。
旅が好きだった、そして美容師になった
大阪のサロンで働く普通の美容師が、知らない街・人・言葉があふれる地に踏み出す。その重くて大きな一歩を、軽快に踏み出す練さんの”ポジティブマインド”とは?
───なぜ突発的に世界に出ようと思ったのか?
昔から好きだった旅への憧れです。
「INTO THE WORLD」という旅がテーマの映画が大好きで……
非日常とワクワクが混在する感じや、新しい人との出会いが何より好きなんです。「一期一会」という言葉があると思いますが、まさにその一度しかない出会いを共有することに憧れていました。
そして30歳になる前の2023年6月、旅への憧れや想いをぶつけようと、サロンへの出勤を2カ月間休むことを決意。
ひとりの美容師として、ストリートカットをするために東南アジアに旅立ちました!
サロンに所属し働く美容師にとって、長期欠勤は失客を招く可能性が高い。
しかし、そのリスクを背負ってでも、リアルな世界を見たかったという練さん。
───反対の声はあったのか?
店舗からしたら「???」という感じですよね。
でも、所属する「ZIP」のオーナーさんらに話をしたら、意外にさらりと「行ってこい」とOKしてくださいました。
ただ、この話合いまでに「どうして世界に出たいのか?」という資料を制作して、凄い熱量でプレゼンしました……
このように自分の想いを真っすぐに伝えられ受け入れてくれる会社には、改めて感謝しています。
綺麗事? 口角は上がった方がいいに決まっている
とてつもなく旅と人が好き。そんな男が旅に出る理由は「美容師をすることの意味」にあった。
───なぜ、普通の旅ではなく「美容師として」の旅を選んだ?
旅の本質って人との出会いだと思うんです。僕は、多くの人と出会ってその人たちの笑顔が見たい。
美容師の本質もこれに似ています。
僕は美容師であり旅が好き、こんな条件の揃った「人との出会いを通して笑顔をつくること」ができる旅は、行かなきゃもったいないです!
僕は笑顔をつくりだすことができる美容師という仕事に誇りを持っています。
だからこそ、この仕事の魅力を技術だけで終わりにしたくない。技術以外の別の視点から美容師の良さを伝えたいと思ったときに考えたのが、美容師として旅をして出会った人にカットをして、笑顔になってもらう「ストリートカット旅」です。
異国の地でのストリートカットで、日本と自身のカットやデザイン技術が通用するのか、「自分自身を試す」という意味合いも強いストリートカットの旅。
人の笑顔をつくる仕事は世の中に多くあるけれど、美容師という職業は唯一無二。
こうして一人の美容師が、多くの人と出会い別れを繰り返す、「一期一会」の旅がはじまった。
行先は東南アジアの「スラム街」
ストリートカットの旅を決めた際、行先の候補として頭には東南アジアが浮かんでいた。
東南アジアには、フィリピン・シンガポール・タイ・カンボジアなどの国がある。また、南アジアであるインドも候補に考えた。そして、これらの国々の中には、極めて貧しい人々が密集して暮らす地区「スラム街」が多く存在する。
練さんは、この「スラム街」で暮らす人々に注目した。
───数ある街の中で、なぜ危険なスラム街に?
日本では髪を切ることは珍しいことではないですが、世界には環境や貧困などで切りたくても行けない人々も多くいるはず。
そのような場所で笑顔を増やすことはできないだろか?
……という想いが強かったからです。
また、何かと世間では印象があまり良くないスラム街ですが、この場所にも人情はきっとあります。そのような僕の求める「人との出会い」にたどり着けると思いました。
そして幸い僕には美容師としてハサミがあります。
自分自身が思い描く理想に近づくための材料は充分!
■ 練さんのストリートカット旅路
持ち物はハサミとチップ。汗と涙の旅の記録
この旅は実に無計画だった。
持ち物は、ハサミなどの基本的なサロンワークの道具と、チップのみ。その他の荷物はほどんど持たず、大きめのひとつのリュックに収まってしまった。
宿も決めて行かず、一回目の旅は、「金銭が尽きたら帰ってくる」という決まりを立てたという。
しかし、誰もが過酷だと思うこの状況こそ、練さんにとっては旅の醍醐味だ。
ちなみに英語や旅した地域の言葉は話せません!
言葉が通じなくても、心が通じ合う瞬間を是非見て欲しいです!!
ここからは、東南アジア旅で特に印象深い3つの国でのカットエピソードを紹介。
ヘアカットで異国の人々と心が通じ合う瞬間に注目だ。
カンボジア編
子供の数がとにかく多かったというカンボジア。この地では商店街や小学校に訪れた。
◆カンボジアでのカットの様子
インド編
人口が多く、そこに暮らす人々の勢いを肌で感じたというインド。他の国と一線を画すような「インドならではの世界観」に圧倒されたそう。
この地では、洗濯工場・ガンジス川・ジョードプル・バンドラなどでカットを行った。
人懐っこく愉快な彼らとのカットを通じた交流の様子は楽しそうだ。
◆インドでのカットの様子
フィリピン編
訪れたのは、マニラ市にあるスモーキーマウンテン。
かつて存在したゴミ集積場とその周辺のスラム街のことを指し、ここはフィリピンの最貧困地区と言われている。
実際もゴミが多く、日本人の感覚では汚いと感じてしまうだろう。
しかし、そんなイメージとは異なる愛情の深い人々に囲まれ「今後明るい未来が見える気がする」と練さんは言う。
旅が教えてくれたこと
これらの旅は、練さんにとって「美容師をすることの意味」を再度考えるきっかけになった。
と同時に世界のリアルを知った。
主な行先がスラム街だったこともあり、想像を超えるような状況下でのカットも経験しました。普段日本で生活していたら分からなかったリアルを深く知れた気がします。
過酷な環境下でも愛情深い人生ドラマに触れることができたり、多くの人と出会って、言葉が伝わらなくてもヘアカットを通じて交流できたり……
そして、「やっぱり美容師って最高だな」って思いましたね。
練さんは、ストリートカットの旅でヘアカットをした人々から、あるモノをもらっていた。
旅の記録で紹介していた「カットクロスに書いたメッセージ」だ。
そして、この旅でストリートカットをした人数は700人を超えた。
見知らぬ多くの人との出会いと別れを繰り返し、練さんの心には「髪を切って生まれ変わることは万国共通で笑顔につながる」ということが深く刻まれた。
美容師であり旅が好きだったことの偶然が、「ハサミで笑顔をつくる」ことへの情熱を加速させたのだ。
美容師としてのストリートカット旅は、自身が美容師だったから実現できたことの連続だった。
「旅」で美容師の素晴らしさを伝える
技術に留まらない美容師の良さをストリートカットで表現する、という目的で始まった旅。
この旅の様子を練さんはSNSで発信し続けている。
この職業の良さはもちろん技術でもあり、世の中への発信方法に正解・不正解もありません。
だからこそ僕は、人の笑顔をつくりだしているストリートカット旅の動画を見て「美容師っていいな」って思ってもらいたい!
技術もそうですが、髪を切ることでこんなに素敵な瞬間が生まれる、ということを感じて欲しいです。
自身の好きなものや憧れと美容師を結び付け、職業の魅力を発信する練さん。彼には美容師に対する尊敬と大きな情熱があった。
美容師であることを軸に自分の「好き」を追求する。
それが職業やお客・そして自身と上手く付き合いながら楽しく働くヒントなのかもしれない。
- Profile
- 北原 練(きたはら れん)
ZIP second スタイリスト
大阪府富田林市出身。
ル・トーア東亜美容専門学校を卒業後、大阪府で5店舗を展開する美容室ZIP(ジイップ)グループに就職し今年で10年目。現在はZIP second 荒本店に務める。
日本でのバックパック経験があり、西成でストリートカットをしていたことも。
Instagramでストリートカットの東南アジア旅を発信中。
- Instagram : @ren51104
- 執筆者
- ishikawa ayaka