
タワーマンションが建ち並び、2025年の住みたい街ランキングでは急上昇15位にランクインした東京・立川。今、渋谷に並んでヘアサロンの増加率が高まっているエリアだ。
2020年にウェルビーイングタウンとしてオープンした「グリーンスプリングス」や「サンサンロード」周辺は自分時間を楽しむ人々でゆったりとした時が流れ、街と緑に溶け込むようにアート作品が並ぶ。
大正14年に「キネマ立川」が開館し、歴史とともに文化が育ってきた街。東京の西側のカルチャーとファッションをけん引してきた街が担う、ヘアサロンの役割は大きそうだ。
立川駅周辺のサロン激戦区は、23区と同じように特化しなければ埋もれてしまう。けれども、尖りすぎても選ばれない。
都心からブランドサロンの出店も多いこの街で、エリア発の美容室だからできるコトを皆、模索している。



「立川 美容室」で検索すると、集客サイトには200軒以上のサロンとヘアスタイルが並ぶ。
その中で、ひときわ目を引くデザインを発信しているのが〈Steed Tokyo〉(スティードトーキョー) 滝下貴博さんだ。
「競合の多い立川は特化しないと埋もれてしまうし、尖りすぎても離れてしまう。ちょうど良い大人の“ストリートデザイン”がうちのコンセプトです」
髪質改善などのメニュー推しの競合サロンが多い中、「人物像」を推しているのはSteed Tokyoだけ。都会的で、街に馴染む大人のブリーチデザインを世界観として写真に落とし込んできた。
揺るぎないブランディングで差別化している滝下さんだが、6年前のオープン当初はお客が1日1〜2名しか来ない日が続いたという。
「最初から客層を絞り込みすぎると、立川では難しい。近隣の美容室を徹底的に調べて真似たり、差別化したりして、だいぶトライ&エラーを繰り返しましたね。顧客が定着しはじめてから、少しずつ自分のやりたい色を出していき、3年くらい前から大人ブリーチデザインを売りにしたブランディングにシフトしました」

リピートが増えてきた頃に、コロナ禍に直面。しかし、他サロンが休んでいる間にSteedは休まず、発信し続けた結果、都心のサロンに通っていたお客が「センスの良い美容室が立川にある」と気づき始めた。カット料金は立川エリアの平均価格4,000円でありながら、ブリーチ+ケアメニュー、ブリーチデザインを持続させる店販提案により、約9,000円の客単価をキープしている。
二度断られるも、表参道のサロンを辞めて立川へ
表参道でスタイリスト5年目を迎えていたKAISAさんは、滝下さんのスタイルを見て衝撃を受けた。「近くで学びたい!」と名乗り出たが、滝下さんからは二度も断られたという。

「表参道でお客さまがついているのに立川に身を置くのはもったいないと断られました。でも、私はどうしてもタキ(滝下さん)のスタイルを近くで学びたくて。表参道のお客さまを諦めて、縁もゆかりもない立川に来たんです」
3年前、一から立川でスタートしたKAISAさん。今年3月の卒業シーズンには得意の着物とヘアセットを含め売上200万円を突破する支持を得るまでになった。今後の抱負を尋ねると、滝下さんを越えたいと語調を強める。
「タキのスタイルをSNSで見て来てくれたお客さまを担当することもあるんです。そこで私がセンスの良いスタイルを切れなければSteed Tokyoのブランドがブレてしまう。だからもっともっと向上してタキを越えたいし、力にもなりたいですね!」

都心から引っ越してくる人が多い今こそ、もっと洗練された街であるために、美容室から“さりげなくかっこいい”デザインを発信したいという滝下さん。今後、立川に他にない新しい形のヘアサロン2店舗めを計画している。ひっそりとカッコ良く。都心とは違うやり方で独自化を築く。


「やりがい・時間・お金の何を一番優先しますか?」
立川と吉祥寺で4店舗を展開する株式会社to.HACKの松本光樹さんが、面接で必ず聞く質問だ。
同社での最優先は「時間」。そして「やりがい」「お金」と続く。この優先順位を会社が明確に持ち、「やりがい」は大切にしながらも、「時間」と「お金」に対して皆が納得できるフリーランスサロンを目指している。
内装にこだわったサロン展開、店舗ごとの推しスタイル、教育カリキュラムの充実。これまでのフリーランスサロンと違う形をつくったのは、サロンの生存率を考えてのこと。低料金で大量集客するのではなく、少ない客数で高単価を狙う戦略を打ち出した。


アシスタントのいないフリーランス美容師が1人で担当できる限界は1日4〜5人。D’ICIでは4,500円のカット料金に付随して、カラー&トリートメントセットのクーポンを打ち出し、客単価は指名料含め約1万円となる。
時間・やりがい・お金の優先順位にしたらフリーランスの形になった
品川で生まれ育った超都会っ子。経営者になる目的を明確に持ち、美容師を目指した。美容学生時代にワイコン全国1位を取り、都内のブランドサロンの内定を得るも、入社前研修で辞退。神奈川のサロンで1年3カ月で最速デビューし、24歳で独立。
人と違う生き方をする松本さんの思考は、常に“時間軸”から生まれる。
「立川を選んで働く美容師さんの中には、プライベートを優先する方もいます。うちはほとんどが女性スタッフで、結婚や子育ての優先順位も高いです。女性は給与が増えるとか、歩合率が増えるなどの金銭面よりもストレスがないのが一番大事だったりする。産休手当はあるけれど、数字は一切求めないので、みんなストレスなく、長く働いてくれています」

「僕は環境を提供するのが仕事。美容を通してお客さまに満足いただくのが美容師さんの仕事。対等な立場で、働き方の優先順位を『時間』・『やりがい』・『お金』の順にしたら、フリーランスサロンの形になりました」
正社員だから“濃い”とか、フリーランスだから“薄い”ではなく、ともに利益を出している仲間が働きやすい環境をつくるのが経営者の仕事だという。
「今働いているメンバーが5年後も働いてくれていたら、やりたいことができたと胸を張って言えると思う」。今後は男性美容師にとってもビジョンが描け、新しいステージに進める環境もつくっていきたいという。


moc 亀田実柚(かめだみゆ・写真右)/1999年生まれ、東京都国分寺市出身。窪田理容美容専門学校卒業。代官山で務めたのち、立川1店舗を経て、2024年1月にmoc入社。入社と同時に韓国スタイルのブランディングを変えたことで総売上は平均150万まで上昇し、客単価は平均1万,2000円に。メイクスクールに通い、夢に向かって邁進中。
昨年、14年間務めていた立川のサロンを退社し、HACCH(ハッチ)にジョインした門井駿弥さん。オーナーの橋本祐紀さんとは同級生で、「いつか一緒にサロンをやろう」と決めていた。
今年7月には銀座や表参道で展開するCOAのFC1号店 COA PLUS(コアプラス)がHACCHと別会社でスタートする。新しい環境にチャレンジしたい思いも強く、韓国ヘア推しに振り切って、発信をリスタートさせた。

HACCHと姉妹店のmocで働く亀田実柚さんも、韓国ヘアで圧倒的差別化を図っているひとりだ。mocに入社する前までは、インスタに掲載するスタイルのレングスやカラーはバラバラで、何を推しているかわからない状況だったという。
「韓国ヘアだけを載せて背景を統一し、自分の世界観をつくると、何を得意にしている美容師なのかが一目でわかります。インスタをつくり込んでから韓国ヘアで集客ができるようになりました」

「立川で韓国系ヘアを推している美容師さんがあまりいないからと、私のところに来てくれるお客さまが増えました。立川は都心よりやや遅れてトレンドが来るので、お客さまの中には都心の方が流行りのスタイルにしてくれるイメージを持っている人もやっぱりいます」
亀田さんはそんなイメージを払拭するために最先端の美容を発信すべく、メイクの基礎コースや韓国ヘアメイクのセミナーを受講。提案の幅を広げている。
COAブランドを立川流に提案したい
今年7月にはCOA PLUSがオープンする。この数カ月、お互いのサロンを行き来しながら、韓国ヘアを中心に技術レベルをアップさせてきた。
COA PLUSの店舗代表を任された門井さんは、すべてをCOA流に真似るのではなく、立川のお客さまに対して、自分たちのできることを大切にしながら提案していきたいという。

「青原や銀座で働く美容師と立川で働く美容師のモチベーションに差を感じることも正直あります。けれども僕はここ立川で、数字を上げる楽しさを後輩たちに伝えていきたい。環境は自分たちでつくり出すものだと思います」
美容師の仕事を通して、この街をオシャレでもっといい街にする。これをライフワークに、最先端の美容を立川から発信していく。

今、東京の西側でもっとも人が増えている場所、立川。
都心からブランドサロンの出店も多い注目エリアだが、人口増の理由だけで出店してもうまくいかない。立川を知りつくし、独自化を考え抜いた美容師だけが生き残れる街だ。
“さりげなくカッコいい”を写真で差別化する、Steed Tokyo。
新しいフリーランスの形を追い求める、D’ICI/LUCCI
韓国ヘアを軸に新しい挑戦に向かう、 HACCH/moc。
3サロンに共通しているのは、「都心に行くのが大変になったから立川でもいい」と考える人々を、「行ってみたら都心より良かった!」に変えたいという思いと行動。 移り住む人も働く美容師の数も増え続ける立川エリアの戦いは、特化しながらも尖りすぎず、若い美容師のチャンスを広げることから始まる。

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