急速に進む美容室のEC化。
「リピート購入率がアップした」「店舗での購入より単価がアップした!」など、 成功事例も多く聞こえてきている。
これまでも美容室のEC化については『ボブログ』や『月刊NEXT LEADER』で取材してきたが、今日のボブログでは少し視点を変えて、ファション業界のEC成功事例から美容室のEC化について考えてみたい。
過去の『ボブログ』EC特集はこちらから。
今回取材したのは、ファッションブランドのディレクションやECサイトの企画立案にも関わっているBookMark合同会社 CEO 加藤耕太氏。
アパレルメーカーでの法人営業やWEB制作会社での要件定義、運用までのディレクションを経てフリーランスに転身。
国内向けではファッションブランドのEC企画立案、ファンション誌とコラボした新規ビジネス提案やコンサルティング、海外向けにはアジアを中心とした美容室のオープンやプロデュース、美容室向けMEO対策の提案や集客サービスの構築も行なっており、美容室業界とファッション業界の架け橋のような存在だ。
まず前提として、「モノを売る」環境の違いについて尋ねてみた。
美容業と小売業、ECサイトはどう違う?
本記事では美容業と小売業を以下のように定義する。
・美容業 ……主に美容サービスをサロンにて提供する業種
・小売業 ……ファッション商材や化粧品など、店舗もしくは無店舗での販売を行う業種
美容業界と小売業界のECサイトを比較する上でまず知っておかなければならないのは、ビジネスモデルの違いです。
来店の時点でお客さまからお金をいただけることが決定している美容業界のビジネスモデルに対して、ファッション業界は来店時点ではお金をいただけることが決まっておらず、接客によってコンバージョンにつなげる必要があるビジネスモデルです。
どちらの業界にも携わっている僕からみると、それぞれにメリットとデメリットがありますが、今後の可能性としては美容業界の方がECサイトを含めた顧客接点という視点ではポテンシャルが高いと考えています。
ファッションが好きで「物販にも興味がある」人が多いファッション業界に対して、店販商品を販売することを一番の目的に美容師になった人はあまりいない。
ヘアをデザインすることが好きで美容師を目指した人が多い美容業界では、どうしても「商品を売ること」に対するモチベーションの差があるという。
この状況を改善するためにも、アシスタント時代からの販売研修などの環境をつくっていくことが重要なのだ。
また、美容業と小売業の決定的な違いは、新商品の発売数。
トレンド商品の入れ替わりが激しいファッション商材に比べて、美容業はサロン専売品を取り扱うケースが多く、1つひとつの商品を丁寧にお勧めできるなど注力しやすい特徴も。
美容室のECと小売のECでは商慣習が異なるためどちらが良い悪いとは言いにくいですが、自社のターゲティングに沿って幅広くリーチを目指す小売業に対して、美容業は顧客に絞ったEC運用をしているところが多く、小売業のようなEC運用をしているところは少ない印象です。
「自店の顧客」に絞ったECで顧客満足を高めることも大事なことですが、自店に来店していない属性が近いお客さまにもリーチを狙うことで、全国規模でビジネスができるというメリットがあります。
もう1点、美容業のECのアドバンテージとして、常にマーケティングができる状況にあるという点です。
美容室に来店される1人のお客さまの悩みは、全国で見たときに同じ悩みを持っている方が相当数いる可能性があります。
自社の取り扱い製品でその悩みが解決できるのであれば、商品をECで販売するために必要なターゲット・エビデンス・伝え方などの情報が揃っている状況になります。
これは小売業が数百万円近いマーケティングコストをかけて集める情報を既に持っている状態と同義であると言えます。
逆に、自店の顧客に限定したECでは、顧客が1万人であれば、1万人にターゲットが絞られてしまう。顧客関係値を考慮した上で、平均より高い3%でCV率(コンバージョン率/この場合は商品を購入するユーザーの割合)を見たとしても、購入件数は300件、さらに来店サイクルを考慮すると月100件未満になる可能性もある。
美容室のビジネスにおける優位性やECの特性を考えると、広い視野を持って取り組めば、まだまだ美容室のECの可能性は大きく広がるのではないかと加藤さんは考えている。
美容室業界とファッション業界の違いまとめ
1)お客
来店した時点でお金を払うことが決まっているのが美容室。来店した時点で購入が決まっていないのがアパレル店(小売店舗)
2 )スタッフ
店販をやりたくて美容師になった人が少ない美容業界に対し、販売も好きな人が多いのがファッション業界
3)商品
商品の点数や発売時期が集中する美容室専売品に対し、トレンド商品の入れ替わりが激しいファッションアイテム
4)戦略
マーケティングやプロモーション戦略など、ECに対しての取り組み方に違いがある
コンテンツ力のあるファッション系EC
小売業の中でも、美容業と親和性の高いファッション系のECについて見ていこう。ファッション系ECは大小さまざまな規模があるが、EC事業が成功しているブランドにはいくつかの共通項がある。
ECが成功しているブランドの共通項
1)「導線設計」「機能要件」の2つが嚙み合っている
2)自社のコンテンツが充実している
3)有店舗、無店舗に限らず、顧客のファン化ができている
※「導線設計」………お客さまをECサイトに導くための設計のこと
※「機能要件」…………お客さまにECサイトを快適に使っていただくための機能構築のこと
1)の導線設計とEC機能が嚙み合っている事例として挙げられる代表格は株式会社クラシコムが運営するインテリア雑貨、アパレル、コスメなどを販売するECサイト『北欧暮らしの道具店』。SNS、ラジオ、自社メディアなど幅広く自社サイトに引き込む導線設計をしており、自社アプリと自社ECに紐付けることで、顧客分析も含めて無店舗でありながら高い売り上げをつくっている。
バイヤーが「なぜ仕入れたか」が明確で、スタッフによる試着コメントも充実。商品の仕入れ数が少なく、「今このタイミングでしか買えない」「次は買えないかも」という演出も上手い。
「今ここでしか買えないもの」「今ここでしかできない体験」の提案が上手で、コンテンツからも「今ここで買う意味」を感じることができます。
他のECサイトで売っている商品もあるのに「北欧暮らしの道具店」で買うファンが多い理由は、コンテンツを読んだ人が「商品を使うストーリー」も受け取っているからではないでしょうか。
ロングセラー商品を生み出すコンテンツ力や、「商品を使っている私」をイメージしやすいコンテンツ力は、美容業界にも取り入れやすいと思います。
ECが成功しているブランドの共通項の「自社のコンテンツが充実している」「有店舗、無店舗に限らず、顧客のファン化ができている」の2つを体現できているのが、株式会社ベイクルーズが運営する「SLOB by IENA(スロブバイイエナ)」。
公式ホームページは外国人モデルを起用し、イメージの訴求を図っているが、YouTubeは各店のスタッフを出演させるなど等身大で親近感が湧く演出をしている。
最近のSNSの流れは、発信している人の顔が見える方がアクションにつながりやすい傾向がある。
ブランドとしてのイメージは崩さずに、発信するプラットフォームに合わせてコンテンツを充実させることで、顧客とのコミュニケーションを最大化させ、ブランドを身近に感じてもらいやすい状況をつくり出している。
YouTubeに登場するのはインフルエンサーではなく、SLOB by IENAのバイヤーや販売スタッフ。
SLOB by IENAの服が好きで自分たちのブランドを伝えたいメンバーで構成される動画は、コンテンツ力も高い。
中には50万回の再生回数を超える動画もあり、高いリーチとアクションを得ているコンテンツまで生まれている。
10万人のフォロワーがいるインフルエンサーよりも、発信している人の顔が見えて、購入に至るお客さまが100人いればいいというのも最近のSNSを使ったビジネスの特徴です。
人気店長がおすすめ新作を紹介するなど、「知っているあの人」が登場するコンテンツは視聴率につながり、顧客の心を捉えやすいですよね。
1000人しかInstagramのフォロワーがいなくても、仲の良いお客さま100人が購入してくれれば良いこの手法は、美容室の方がむしろやりやすいと思います。
ECサイトの運用の手法の1つとして、美容師さんが顔出しで店販商品を紹介するYouTubeやライブコマースはファン獲得につながる可能性が高い手法です。
店舗とECを融合させる! 美容室DX化の未来
EC構築から運営の全てを請け負うフルフィルメント事業を提供する株式会社バニッシュ・スタンダード(小野里寧晃代表取締役社長)が提供している「STAFF START(スタッフスタート)」は、アパレル販売員と顧客をつなぐことで、店舗とECを融合させることができるオムニチャンネルサービス。
販売員のデジタル上の接客や業務をアプリで簡易化。個人売上や評価が可視化されることで、販売スタッフが高いモチベーションで働くことができるシステムだ。
この「STAFF START」が公式LINEと連動し、美容室に向けたサービスを展開する。
美容師個人のECサイトでの売り上げを個別に計測することで、インセンティブも管理できるシステムを現在構築中で、LINE予約などが広がり、LINEを使ったコミュニケーションが主流の美容業界においては今後期待されるサービスです。
バニッシュ・スタンダードの美容室向け新サービスは、本サイト『ボブログ』で4月〜5月に取材予定! お見逃しなく!
美容室がECを始めるにあたって、ココだけは考えてほしいこと
美容室経営者から「ECを始めたい」という相談があったときに加藤氏が伝えているのが、機能面を考える前に「ビジョン設計」を立ててほしいということだ。
ECの場合は「5W3H」のマーケティング論を使って、「ビジョン設計」と「事業設計」を行います。
ニーズがないところでECを始めても、ECを事業化していくのは難しいので、まず思考や目的を整理します。
「顧客の課題解決のためには本当にECが必要なのか」を考えた結果、店舗での店販を強化したり、美容室のサービスを変えることで課題を解決できるケースもあります。
ECにおけるビジョン設計「5W」
why 【なぜ】(例:お客さまのために)
who【誰に】(例:クセに悩むお客さま)
what【何を】(例:髪質に合うシャンプーを)
when【いつ】(例:お客さまが欲しいときに)
where【どこに】(例:お客さまの自宅に)
ECという手法の前にビジョン設計を行い、思考と目的を整理する。
5Wを設定することでビジョンが明確になったら、次は事業設計となる「3H」を設定しよう。
ECにおける事業設計「3H」
・How【どのように】
・How many【どれくらい】
・How much【いくらで】
ECの場合は3つの「How」も重要となる。How(どのように)では、前述の「ECが成功しているブランド」の共通項にもあったように、「導線設計」と「機能要件」が鍵となる。
SNSやWeb広告などのプロモーションを「どのように」行うか? 「どれくらい」の量を販売するのか? 「いくらで」売るのか? ビジョン設計をベースに3つの「How」を組み立てることで、「必要とされるEC」へと昇華するのだ。
美容室には「美容室のモノを売る強み」がある
ECの稼働率に大きく影響するのは、ユーザーにとっての利便性の高さ。
美容室に来たときに髪だけじゃなく、たとえば「美容師さんが今日来ている洋服」をお客さまがポチっと買えたら、美容室に来る楽しみがもっと増える。
コロナ禍の2020年6月、この月は過去最高売上を記録する美容室が多く、美容室は人々の生活になくてはならない場所だということが証明されましたよね。
どんなエリアにも美容室はあって、顧客は定期的に足を運び、来店した時点で料金を支払うことは決まっている美容室だからこそ、実店舗での店販が増えれば、EC導線も必ず生まれます。
なぜなら、店販が強い美容室はお客さまの生活をわかっているので仮説が立てやすく、お客さまがECサイトで購入するタイミングも把握しているからです。
出勤日のヘアスタイル、朝のスタイリング時間、入浴時間や乾かし方など、お客さまの生活に根づいた商品提案は美容師さんにしかできない提案なのではないでしょうか。
「美容室で髪を切る」タイミングは「今」。
実店舗で「今日」のヘアスタイルに合う、ヘアケアやスタイリング剤を「今、買う」意味をどうやって伝えられるかがECの成功を導く。
実店舗とECの2段構えの販売を活性化するには、美容室の本質である実店舗でのパーソナライズ提案なのだ。
- Profile
- 加藤耕太/かとうこうた
Book Mark合同会社 代表社員/CEO
Book Mark合同会社 代表社員/CEO。法政大学 経済学部卒業。在学中に国際文化理容美容専門学校 通信科で美容師免許を取得。文化ファッション大学院大学 ファッションマネジメント科卒業。在学中からヘアメイクとして活動する。ヘアメイクマネジメント会社で商品開発及びマネジメント業務を経験。その後、アパレルメーカーでの法人営業を経て、WEB制作会社で要件定義やデザイン、運用まで一貫したディレクションとプロジェクトマネージャーとしてのスキルを身につける。2014年にフリーランスに転身。国内では前職の経験を活かし、ファッション誌を使った新規ビジネスの開発やコンサルティング、EC企画立案、ブランディング、マーケティング支援を中心にビジネスを展開。海外ではアジアを中心とした進出支援やイベント・セミナーの開催を行う。2016年にフリーランスの事業を会社化。美容業界では台湾での美容サロンのオープンやMEO対策セミナー、美容サロンでの古物買取サービスを提案。業界間をまたぐような新規事業の企画なども行っている。
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