デジタル化を加速させながら、モノ売りからコト売りへと大きく業態を変革させてきた美容ディーラー きくや美粧堂。
中でも2020年11月にリリースした「LifeKarte」は、高い生産性を有する自社倉庫から商品がスピーディに届くオンラインストアであり、現在、導入サロンは約1,200軒(2022年12月14日現在)まで増えている。
全社のIT戦略を練り、遂行してきた常務取締役COO IT事業本部 本部長 畠山勇樹氏とIT事業本部 デジタル営業部のメンバーに参加いただき、座談会形式で同社が展開してきたソリューションと今後の展望を紐解いていく。
一番強いカードを考える
2022年10月1日に株式会社きくや美粧堂はホールディングス化した。
デジタル事業は株式会社きくや美粧堂から株式会社MASSホールディングスに承継され、現在、日本人エンジニア7名の他にバングラディシュやミャンマーからのグローバル採用のエンジニアたちがシステムを内製している。
ITエンジニアだった畠山氏がきくや美粧堂に入社したのは14年前。
当時、常務取締役だった増保利行氏(現社長)が掲げていた流通のデジタル化を推進すべく、基幹システム・倉庫システム・発注システムをつくり上げてきた。
畠山:「全社でどうデジタル化を取り組んでいくか? 増保利行とこの議論を何度も重ねていた10年ほど前、とあるオックスフォード大学の論文に出会いました。
それはAIの転換期(シンギュラリティ)により各業態・業種がどう変わっていくかという論文で、今後、単なる物売りはAIに置き換わっていくと確信しました。
きくや美粧堂としてモノ売りからコト売りへシフトしていくことが重要であると感じ、大きく舵を切ったのです」
EC化の企画・開発は8年前からスタート。
大手プラットフォーマーが美容室専売品の取り扱いを始めている中で、BtoCのECを始めても価格競争に陥ってしまう。
「きくや美粧堂はプロの美容師様のご協力をいただいて成長する企業である」。この軸はぶらさず、「サロン様に来店するロイヤルカスタマーのためのEC」に目的を定めた。
畠山:「Amazonのようなショッピングモールの形態は後から参入しても難しいだろうと思いました。プロが介在して付加価値の高いプロフェッショナル商材を販売し、ECでプロフェッショナル市場を広げていく方が当社の方針とも一致します。
店舗で美容師さんがロイヤルカスタマーにカウンセリングして、お客さまに本当に合った商材を継続的に購入いただくためにLifeKarteがある。
そんなイメージでロイヤルカスタマーのためのECに目的を絞り、開発をスタートさせました。
僕はよくトランプのカードに例えるのですが、トランプのカードで一番強いのはエンドユーザーであるお客さまです。
お客さまの満足度をあげた会社が必ず勝ち残る。
サロン様とエンドユーザーを同時に満足させることで当社はまだまだ成長できると確信しています」
モノを売らない!? IT専門の営業部隊
大きく舵を切るとき、荒波は何度もやってくる。LifeKarteもコンセプト立案当初から苦労は絶えなかったという。
畠山氏はこのプロジェクトをどう役員や同社の営業マンから理解得ていくか、頭を悩ませていた。
絶対にこれから業界に必要だと思うことを推進する強い意思力と予算との戦い。
このどちらも必要だった。
楽天のプラットフォームを使い、メーカー公式の特定商品をサロン経由で販売し、商品を当社の倉庫から出荷することで収益体制を実現。
社内の理解を徐々に得ながら開発予算を増やしていき、LifeKarteのプロトタイプの完成にいたった。
畠山:「リリースする前のだいぶ早い段階から営業がどんどんサロン様に紹介を始めてくれ、嬉しい反面、早すぎるなと(笑)。しょっちゅう営業から呼ばれて、サロン様に説明に行っていましたね。
でも、そのお陰でサロン様からこんなことやりたい! というリクエストがどんどんきて、たとえば、EC機能にスタッフ個人のインセンティブを付けたいであるとか、機能面にだいぶ活かすことができました。
まだまだ未熟なプロトタイプを見せながら、サロン様からときに励まされ、ときに叱咤激励をいただきながら、膨大な時間をかけて集めた意見やリクエスト、サロンのオーナー様やメーカー様からの応援は大きな財産になりました」
プロダクトアウト型ではなく、マーケットイン型でつくってきたシステムは必ず市場にマッチしたものになるという。
この考えに基づき、畠山氏はまずIT事業本部内にシステムを内製できるエンジニアチームとIT専門の営業チームをつくった。
さらに顧客価値・体験を向上させることをミッションとする部隊の「CX」チーム、EC専門の倉庫「e-logi(千葉ロジスティクス)」をつくり、毎週全体で会議を行い、現場の営業から挙ってきたサロンの生の声を開発や倉庫に迅速にフィードバックできる環境を整えた。
中でもIT専門の営業部隊は畠山氏がどうしてもつくりたかったチーム。
畠山:「IT専門の営業をつくりたかったのは、やはり営業はカラー剤や器具を売ることにフォーカスしてしまうと思うので、IT実績だけを目標にするチームが必要だと考えました。目標をITに絞ることで、チームで1つの成果を出しやすくなります」
佐藤:「IT事業本部専属の営業は現在5人です。特にITに強いメンバーが集められたというわけでもなく、もともと現場の営業をずっとやってきたメンバー。僕たちの役割は、まず現場の営業に理解を得て、サロン様に説明してもらうこと。自分はマネージャーという立場で、主に各拠点の営業のサポートやメーカー様との交渉を行っています」
小倉:「知らない商品をサロン様に紹介するのってすごく怖いこと。みんな元営業なので現場の営業の気持ちが理解できるんです。自分が理解できていないと紹介できないから、まずは現場の営業に理解してもらって、サロン様に説明してもらう。フックをつくってくれたら、あとは僕達がやりますよとリレーションシップを築いてきました」
佐藤:「現場の営業がLifeKarteを理解できる資料をインサイドセールスの田中さんがつくってくれ、目的やミッションが何なのかをわかりやすく現場に落とし込んでくれています」
田中:「現場の営業はITそのもの自体にあまり知識がなく、理解が難しい人もいます。忙しい営業活動の合間に読む時間をつくるのも難しいので、できる限り文字を少なく、視覚的にわかりやすく伝えられるよう心がけています。
また、営業がサロン様に案内がしやすいように、短時間で説明できるツールも作成しました。
サロン様が困っていることをイラストやグラフで視覚的に伝えることで、美容師さんが少しでも興味を持ってくださるよう作成しています」
畠山:「現場の営業はまず数字が欲しいので、リリース当初はLifeKarteで数字をつくれることも具体的に伝えてきました。
他業種の事例を伝えたり。たとえば、大手スーパーがネットスーパーを始めるときに店舗の売り上げが落ちるんじゃないか? という声が社内から多く出たと聞いていました。
ところがネットスーパーでは、普段スーパーを利用していないコンビニエンスストアで買い物をする層がネットスーパーを利用したことで、店舗売上は落ちなかったそうです。
美容室はスーパーより来店周期が長い分、 ECを導入することでお客さまは便利になり、サロン様も売上が上がり、当社の営業も目標売上を達成できて、全員のWinを目指せます」
営業チームと開発チーム、そして倉庫チームとの連携こそがLifeKarteの要。
畠山氏がつくってきたのはLifeKarteというアプリというよりも開発チームや営業チームの工場そのもの。この工場があるからこそ、次のビジネスへと展開していけるのだろう。
LifeKarteで人生のイベントをともにしながら生涯顧客へ
畠山:「LifeKarteという名前の由来は、“人生におけるカード”に由来します。
私たちは誕生日やクリスマスなど、人生のイベントにはカードを送り合う習慣がありますよね。
LifeKarteにもカードを送れる機能があり、実際に使ってみて家族や友人に勧めたい商品があったら、LifeKarteからメッセージ付きのギフトを送ることができます。
人生のイベントには美容師さんや家族からカードが届き、カードがストックされていく。これが1つのアプリの中でできて、世界共通の文化になったら素敵だなと。
そうやって人生のイベントをともにしながら生涯顧客をつくっていくお手伝いがしたいとロマンを持ちつつ(笑)、新しいシステムを開発しています」
ECは目的の1つではあるが最終目的地ではないと畠山氏はいう。
畠山:「美容室の最大の強みになるのは、来店中のコミュニケーション履歴です。
このコミュニケーション履歴とヘアスタイル履歴が管理でき、生涯に渡り、長く顧客を担当していけるシステムを構築中で、LifeKarteで予約するとPOSレジに表示され、LifeKarteでBefore&Afterを蓄積できる機能を2023年にリリースします。
集客サイトでよく初回限定クーポンを見かけますが、“初回荒らし”が増えるとロイヤルカスタマーは育ちません。
サロン様がロイヤルカスタマーを取り戻すためにも、カルテを共有しながら生涯顧客を育めるシステムが必要であると考えています。
現在、損保グループと組んで高齢者向け施設内の訪問美容もサポートさせてもらっているのですが、美容サービスを受けて綺麗になったり、喜んでいらっしゃる写真をご家族がLifeKarteで確認できるシステムのご要望をいただきました。
これからもっと幅広い分野と連携できるよう開発スピードを上げていきたいですね。
個人店のサロン様は、予約システムやCRM(顧客関係管理)を導入して管理するコストを1社で背負うことは難しいですから、そこを全面的にサポートさせていただくことも今後はディーラーのミッションの1つになると考えています」
倉庫のデジタル化がECを伸ばした
営業マンから挙がってきた疑問やサロンの生の声を開発や倉庫に迅速にフィードバックし、現場に新しい提案を投げかけるIT事業本部 デジタル営業部のメンバー。
これまでどんな問題に向き合ってきたのだろうか?
自社システムにより送料は500円以下
大井:「僕たちが現場の意見を収集する中で出てきたのが、やはり送料の問題。車社会の郊外型サロンだと、やはり送料をお客さまが支払うことに抵抗を感じているサロン様は実際、まだ多くいらっしゃいます」
小倉:「これについては、商品を持って帰るのが重いからECを使うという選択肢ももちろんあると思いますが、ECの役割はそれだけじゃないと現場に伝えるようにしています。次の来店周期までに商品が切れてもわざわざ買いに行かなくて良いので、ECで来店1回来店分くらいの売り上げを上げることができるという発想で提案していますね」
畠山:「当社のECの送料は地域にもよりますが500円を切っています。これは自社システムの自動封函機E-Cubeにより段ボールが商品の高さを検知し、その高さで折れて封函されるため、小さい段ボールで配送ができるからです。
自動封函機「E-Cube」。商品の高さを検知し、その高さで封函。段ボールサイズが小さくなり、無駄な緩衝材が必要なくなった。
送料は業界最安値でいこうと決めていました。ECプロジェクトを始める数年前から倉庫をシステム化し、下準備をしてきたことが今すベてつながっています。
さらにECの出荷は通常のサロン向けとは全く性質が違うため、ECの出荷を専門とする倉庫部隊を組織しました。
小ロット少品種の注文をお客さまの配達希望日に迅速に丁寧にお届けする。ECの足回りを支えてくれる重要なミッションを担っています」
生産性が35%向上した「VOICEピッキング」。注文はすべて音声でピッキング作業者へ指示が出る。
このようなEC専門の出荷倉庫が業界外からも注目され、現在、イオンシグナスポーツユナイテッド(ドイツのシグナスポーツユナイテッドとイオンの合弁会社)の商品をMASSホールディングスの倉庫で預かり、ピッキング・梱包・出荷を行なっている。
美容室専売品と同じ倉庫を使うことで ボリュームメリットや設備投資が集中化できる他、開発面でも美容業界で開発したものが他の業界でも使え、他の業界でバージョンアップしたものが美容業界に戻ってくるといった循環が期待できる。
初期費用ゼロ、利用料ゼロ
岩崎:「初期費用ゼロ。利用料もゼロで、当社は1円もいただいていない形です。サロン様が負担する費用はクレジットカード会社とご契約いただく口座管理費用として月額500円(1法人)とクレジット決済手数料2.9〜3.2%のみとなっています」
畠山:「サロン様のサポートが我々のミッションのため、初期費用と利用料は無料でいこうと決めていました。クレジット手数料はさまざまな業者をリサーチして、最も低いパーセンテージの会社を選んでいます」
LifeKarteで1回あたりの商品の購入金額が増加
佐藤:「LifeKarteを導入して、店販単価が向上したという声は多く聞こえてきています。平均的に1回あたりの購入額は9,000円〜9,500円。サロンで施術した日と、自宅で買い物だけをする日ではお財布は一緒でも時間軸が変わってくるので、技術料金がない分、ご自宅でのLifeKarteの単価は上がりやすいようです」
畠山:「12月は店販額が前年比で400%増というサロン様も出てきていたり、現場の営業からもサロン様に貢献できているという実感が出てきてるようです」
ディーラーだからできること。ディーラーにしかできないこと
最後に「MASSホールディングスがデジタルシフトを通して成し得たいこととは何か」を訊ねると・・・。
畠山:「世界平和ですかね」
一同:「笑」
佐藤:「中間が飛びすぎてます(笑)」
畠山:「病院のカルテは、これまでは病院の管理でクライアント個人に紐づいておらず、本人が確認などする手段がありませんでした。今マイナンバー制度で国が整理しようとしています。我々もそれをやりたいなと。
個人情報は本来は病院であれば受診者と共有するもので、美容室であればお客さまと共有するもの。
そのカルテ情報を顧客に返す文化をLifeKarteでつくりたいと思っています。
まだお話しできないこともたくさんあるのですが、従来のサービスだけではなく、より高付加価値な時代にマッチしたサービスを提供できる新しい美容業界をつくりたいと考えており、さまざまな構想を当社の中では話し合っています。
IT業界ではAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)を公開して、違う会社でもプログラム同士を連携させて大きいサービスを展開していくのですが、美容業界はまだそこまでいけていません。
しかしお客さまからすると、異なるブランドの商品を組み合わせて使うことが自分の髪には最適という場合もありますから、そういったお客さまのリアルを叶えるプラットフォームを提供することがディーラーの重要な役割であり、美容師さんがお客さまを生涯サポートすることにつながると考えています」
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