給料2倍は本当か!? シンガポールで日本人美容師として働くリアル
約30年間も給料のあがらない日本を離れ、海外で働く。そんな選択が、自分の腕一本で稼ぐ美容師だからこそできるのかもしれません。
日本で美容師・美容学校教員として働いたあと、2017年にシンガポールへ渡ったKEIさんを取材しました。
シンガポールで働く日本人美容師のお給料はいくら!?
「日本の寿司職人が、アメリカで年収1000万以上稼ぐ」「オーストラリアへワーホリに行った学生が1カ月で50万円稼いだ」などといった話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
厚生労働省の「令和5年版 労働経済の分析」によれば、2021年の一人当たりの名目賃金は1996年と比較しても4%ほど減っており、約30年間で日本の賃金が伸びていないことが明らかになっています。さらにここ数年は急激な円安が進み円の価値が下がったことで、海外で働くことを視野に入れる日本人が増えてきたと考えられます。
海外で働く日本人美容師のリアルな給与などを、2017年に32歳でシンガポールに渡り(以下:渡星)日系サロンのCOVO Hair Salon(以下:COVO)で働くスタイリストのKEIさんを取材しました。
- Profile
- KEI
COVO トップスタイリスト/シンガポール
1984年6月5日、東京都生まれ。東京ビューティーアート専門学校を卒業後、都内2店舗、アパレル業界への転職、美容専門学校の教員を経て2017年32歳でシンガポールに渡りCOVO Katong(カトン)店に勤務。33歳より店長を務めた後、2023年にはTanjong Pagar(タンジョンパガー)店へ異動。サロンワークのかたわらCOVOシンガポール4店舗のマネジメント業務に関わる。
- Instagram : @keisuke_covo
スタイリスト1年目で月給約40万
8年目になると約90万円*2
──さっそくですが、KEIさんは月いくら稼いでいらっしゃるんですか?
僕がシンガポールで美容師として働こうと思った理由の1つが月給だったんです。COVOが日本人美容師(スタイリスト)に対して3500シンガポール$/月(2017年当時で約28万円*1)を保証するという求人を見た時驚きました。お客さまがゼロでも、こんなにたくさんもらえるんだ!と。
今は、お客さまも増えて基本給($3500)+歩合制であることに加え、シンガポール4店舗のマネージメントもしているので平均して$8000/月ほどいただいています。日本円にして約90万円*2 です。シンガポールは日本のように給与から社会保険料(雇用保険・健康保険・厚生年金・介護保険)、所得税・住民税も引かれないので手取りはより多く感じますね*3。マネージメント管理の役職給は微々たるものなので(笑)、お給料の半分以上はコミッション(歩合制)でいただいています。
*1 2017年平均為替レート 1SGD=81.249円
*2 2024年1月~5月中旬までの平均為替レート 1SGD=約111.46円
*3 シンガポールの税金は前年の所得税申告後に政府から納税額通知があり納付する。シンガポールは個人所得税が世界的にみても安く最高税率は24%と、日本の最高税率45.95%の約半分。年間で20~30万円程度が平均納付金額とKEIさん。
──KEIさんは毎月何人くらいのお客さまを施術されているんですか?
月に平均して約90人です。僕は20代後半~50代までの女性のお客さまが多く、シンガポールで働かれている日本人やそのご家族の方が2~3割、シンガポールに住んでいらっしゃるローカルの方が7~8割です。渡星当時はブリーチを中心としたヘアカラーのオーダーが非常に多かったのですが、最近はカットのオーダー比率が高くなってきました。
シンガポールは美容師免許を国が定めておらず誰でも施術ができるんです。そのためローカルのサロンも増えてきましたが、カットは日系の美容室がいい!というお客さまは非常に多いですね。金額設定はトップスタイリストでカット$100、シングルカラーは$140、デザインカラーが$180~の金額設定なので日本と比べるとやや高めです。
──どんな毎日を過ごしているんでしょうか?
月に6~7日間、シフトでお休みをいただいています。日本で働いていた時よりもプライベートと仕事のメリハリがつき、時間に余裕を感じるようになりました。ジムにも週4日は通っていて趣味になっていますね。仕事終わりに誰かと飲みに行くということも少なくなり、貯金ができるようになりました(笑)。
ちなみにシンガポールはお酒が特に高いので、ちょっと居酒屋へ……と思っても最低1万円以上の予算が必要です。元々洋服が大好きだったのですが、シンガポールは1年中夏なので被服費も大幅に減りました。節約できたお金は海外旅行費にしていて、1年に何度でも好きなタイミングで長期休みが取れるので、毎月アジアを中心に旅行へ出かけています。COVOでは年間18日間、1年半後まで持ち越せる有給が付与されます。
日本人美容師のカット技術は
シンガポールでは“ブランド”!
──ローカルのお客さまが7~8割と多いのは理由があるのでしょうか?
シンガポールでは、日本のカット技術をすでにたくさんの方が高く評価してくれていて、ブランドとして捉えてくださっていると思います。COVOはシンガポールで開業11年目、老舗の日系サロンということもありローカルのお客様は多いです。ローカルのお客さまに日本のカット技術を提供すると、必ずといっていいほど喜んでもらえます。「今までと全然違う」「こんな髪型初めて!」と感動してくださるんですね。僕が特別カットが上手いわけではないですよ(笑)
──ヘアスタイルのトレンドは、日本と違いますか?
日本と似ています。今はトレンドに敏感な20代ではレイヤースタイルのオーダーが増えていますし、カラーはブリーチありきの明るい髪のトレンドが落ち着いてナチュラルなヘアカラーも人気です。お客さまが望んでいらっしゃることも日本と似ていると思っていて、基本的なことですが「オーダーに誠実に応える」ことが大切です。日本人美容師なら普段のサロンワークで当たり前にやっていることが、シンガポールだと新鮮かつ信頼へつながるので、僕自身やりがいや自信へつながっています。
──シンガポールではどういう美容師が支持されますか?
先にもお話しした「要望を形にできる人」これが一番だと思います。さらに、フィニッシュワーク・仕上げが上手い人も支持されると思いますね。シンガポールの方はヘアアイロンで髪を巻いたりすることはほとんどないんです。でも美容室でスタイリングをすると非常に喜ばれます。
また、毛髪の痛みに対して敏感なので、ツヤのあるヘアカラーやトリートメントメニューをオーダーされる方は多いです。美容師自身の雰囲気やファッションセンスで選ばれることはほぼなく、技術にはある意味シビアかもしれません。
──カウンセリングは英語ですか?
英語で行います。聞き取れなかった場合、再度ご質問すれば単語で分かりやすく言い直してくださる方ばかりですし、写真を見ながらカウンセリングができるので意思疎通は難しくありません。何よりも親日国ですし、日系のサロンだから来てくださっているお客さまなので。実は僕自身、高校時代で英語を放棄していて……(笑)。全くしゃべれなかったですし、8年目の今もペラペラではないです。ただ海外旅行へ1人で行っても困らないレベルにまでは上達したと思います。
シンガポールで美容師として働く
「メリット」「デメリット」
僕自身は現在、就労ビザのEP(エンプロイメントパス)で働いています。ゆくゆくは永住権であるPR(パーマネント・レジデンスビザ)を取得したいと考えています。
──集客はどのように行っているのでしょうか?
シンガポールでも、お店のブランドだけでなく美容師個人にファンとしてついてくださる場合が多いです。さらに、国内で物価が高騰中のため新規・フリーのお客さまが徐々に少なくなり、価格の安いローカルのサロンへ流れています。ですので、Instagramでの自力集客は日本と同様に必ず行った方がいいですね。フリーのお客さまにも個人のファンになっていただくために、接客姿勢はもちろん、Googleレビュー記入のご依頼や、お客さまのご家族やご友人を紹介していただくことが大切だと思っています。
──英語はどのように勉強したのですか?
会社から英語の接客を想定したロールプレイングシートをもらって、まずはそこからでした。サロンワークで「ここはもっとこういう風に伝えたかったのに」という場面に必ず出くわすのですが、自宅へ帰って辞書などを調べながら文章にしてみる→次の日、日本語をしゃべれるローカルのスタッフに見てもらって直す→実際にサロンワークで使うということを繰り返しました。
英語を勉強するためにおすすめなのが「duolingo」というアプリ。僕は8割このアプリで勉強しましたね、無料かつゲーム感覚で楽しく学べます。「Native Camp.」という英会話レッスンで学ぶスタッフも多いです。休みの日にも“ランゲージエクスチェンジ”アプリを使いながら、シンガポール人と直接会って話すのが一番勉強になったとは思います。
シンガポールの文化と物価
給料(給与)は文化や物価の影響を強く受けるため、切っても切れない関係。シンガポールで働くことをよりリアルに考えるために必要不可欠な基礎情報をまとめます。
シンガポールは
人口密度が高く、英語力も高い
日本から直行便で約7時間、時差わずか1時間のシンガポール。東京23区よりやや小さい国土に569万人が住み、世界で2番目に人口密度が高い国と言われています。(東京の23区の人口は約979万人、人口密度1位の国はモナコ。)1年を通して寒暖差がほぼない常夏の気候と、中華系・マレー系・インド系・その他アジア系・ヨーロッパ系の多民族社会が特徴です。
母国語はマレー語ですが、公用語は英語。母国語を英語としない世界111の国・地域を対象にした英語能力指数の全世界ランキングでもオランダに次いで2位を獲得しています。(「EF EPI英語能力指数」2023年版世界ランキングより)ちなみに、日本は87位と英語力が低下している地域に振り分けられています。
日本との物価比較2024
「シンガポールの景気は、物価があがり給料は変わらない状況」とKEIさん。
電車やタクシー代などは日本よりも安いそうですが、家賃や外食費は2倍以上だそう。ただし外食文化が根付くシンガポール、屋台は1食$3~$6程度で食べることができ、高いのは居酒屋(最低1万円以上~)、焼き肉屋(普通に食事をしたら2万円以上~)とお酒を出すお店が中心のようです。
シンガポールは家族で住むのが基本、1人暮らしの物件が少ないんです。そのため、築年数が古く9畳ほどの家でも$2300(約25万6000円*3)はしますね。
僕も2年間は$1500(約12万2000円*4)の3LDKをルームシェアしていました。自分だけが使えるお風呂やトイレが付いているルームシェア物件もありますし、友人ではなく外国の方やローカルの方とシェアしていましたが何のトラブルもありませんでした。大家さんによっては自炊NGの物件もあるので、注意は必要です。
収入と物価を比べてみると
欧米のように、風邪で病院へ行くことを躊躇することはないです。会社が入っている保険適用内であれば、自己負担は$5~$10程度。ただし手術などは適用外のため、僕自身は追加で$80/月の保険に加入しています。友人が骨折で手術をした際、300万円ほどお金がかかったと聞きました。
シンガポールの屋台
「ローミー」は、あんかけ生麺の様な食べ物で、にんにく、唐辛子、黒酢を混ぜて食べると絶品です!「コピ」は、特濃コーヒーに、コーヒーフレッシュ、コンデンスミルクを混ぜた激甘コーヒー(甘さなどは細かく調整可能)で僕も大好きです。
何ができるのか、何をしたいのか。
自分と向き合い辿り着いたキャリア
アシスタント2年目の挫折、他業界への転職
それでも美容師にこだわった理由
──KEIさんのキャリアについて教えてください。
東京の専門学校を卒業して、表参道の有名店と言われるサロンへ入社しました。ただ、美容師の仕事の大変さで2年ほどで心が折れてしまい、当時好きだったアパレル業界へ転職をしたんです。契約社員として働く中で、スタイリストになる前に美容師を辞めてしまったことを後悔していました。「母の髪を切ってあげられなかったな……」というのが一番大きく、まずは美容師として1人前になってからこの先のキャリアを再度考えようと思いました。
東京都心のサロンに再就職して、アシスタントから始め、スタイリストデビューしてから5年間はとても充実していました。ただ、毎月60~70人のお客さまを施術させていただいて、手取りのお給料が20万円を切っていることがほとんどで。30歳を目前にして給与面の不安と、休日の少なさに不満を感じていました。専門学校の教員募集を見た時「これだ!」と思ったんですね。お給料も今よりあがる、土日祝日も休みだし……と。自分自身に欠けている後輩教育・後輩育成の能力を身に付けたいとも思っていました。
──教員を辞めた理由は何だったのでしょうか。
おじいちゃんになるまで続けたいと思っていました、でも4年間働く中で人を動かすことの大変さが身に染みてきて。今までは自分だけの頑張りで評価されていたのが、当たり前ですが生徒たちの成績が自分の評価になることがしんどくなっていました。全員を子供のように思って指導していると、土日祝日の休みも当時心から休めなくなっていましたね。
学生の就職活動をサポートする中で、海外で活躍する美容師になりたいと話してくれた生徒がいました。僕自身も学生時代は世界を飛び回る美容師になりたいと思っていたし、今その夢をどれくらい実現できているんだろうと内省することも多かったんです。学生向けに海外での美容師の仕事を探している時、COVOの求人を見つけました。今までいろんなサロンで業界で仕事をしてきて、どんな仕事も大変だし、納得できないことがあると分かりました。それでも自分が今できる髪を切る美容師という仕事で、学生時代の夢への一歩として2年間シンガポールで頑張ってみようと思いました。ここだけの話ですが、本当に辛かったら会社に頭を下げて、貯金もほぼなかったのでクレジットカードで航空券を買って帰ってくるつもりでした(笑)
今までにない経験ができることが
シンガポールでの美容師生活の醍醐味
──シンガポールでのスタイリスト生活は、日本とどう違いましたか?
日本の美容業界ってすごい競争社会だと思うんです。みんな技術は上手いし集客もするし、お客さまはウェブサイトでスケジュールの合う美容師を毎回探し歩くのがスタンダードですよね。そんな状況を僕自身は人間関係が薄いと感じることも多く、日々のサロンワークで心苦しく思っていました。
シンガポールに来てからは英語でのコミュニケーションの大変さはありましたが、何よりもカットの技術を褒めてくれる方が多くて自信をつけることもできました。最初はCOVOのブランドに来てくださった方が、僕の技術や接客のファンになり指名してくださる、英語も毎日学んで使うの繰り返しで上達が早いのも嬉しかったですね。
──今後KEIさんはどのような美容師生活を送りたいと思っていますか。
日本に帰る気はないです、シンガポールに居続けられるのであればCOVOの代表を目指したいと思っています。僕もそうだったんですが、もし日本で働きづらさを感じている美容師さんがいれば、ぜひシンガポールを視野に入れてほしいです。こんなにHAPPYに働ける場所ってないよね、と僕自身思っているので。
シンガポールで働いてみたい美容師さんがいれば、家探しや英語習得のサポートもしたいと思っていますし、日系サロンがどんどん増える中、日本人美容師のさらなるイメージアップにも取り組みたいと思っています。
COVO Hair Salon
シンガポール店舗一覧
今年7月末には、シンガポールのショッピングエリア、オーチャードにCOVO Hair SalonとKJStudio Beauty Designが融合したトータルビューティーサロン『COVO Hair Salon × KJStudio Beauty Design』をオープン予定とのこと。
- 執筆者
- 増田 歩
「CHOKi CHOKi」「Ocappa」「BOB」 etc.からのフリーランスライターです。ボブとショートをいったりきたり、趣味にしたいのはヨガ。