「学び直し」が教えてくれる【離職しない美容室】【継続的に成長できる美容室】のつくり方
「リスキリング」「リカレント教育」という言葉は聞いたことがあるだろうか。社会人になってから仕事に関する新しい専門知識や、キャリアアップのために新しいスキルを身に付ける「学び直し」のことだ。美容師にとって必要な「学び直し」とは?
- Profile
- 宮城 剛(みやぎ ちから)
ARCHE(アルケー)グループ代表取締役社長
1976年7月23日生まれ、沖縄県出身。沖縄の美容専門学校を卒業後、都内理美容室に就職。マネージャー、店長、美容部門責任者を経て2008年32歳で独立。現在錦糸町に美容室2店舗、ネイルサロン1店舗を経営。2018年国家資格「キャリアコンサルタント」取得。その後マネジメント理論である「識学」を2年間学びサロン経営に活かしている。
https://www.arche-hair.tokyo/
「リスキリング」「リカレント教育」「学び直し」美容師には関係ない?
――スタイリスト・経営者である宮城さんが「学び直し」をする理由を教えてください。
美容業界って間違いなく今“大海賊時代”ですよね。気を抜くと海に引きずり込まれるというか、とにかく将来が予測困難な時代だと思っています。美容室の軒数は過去最高(26万4223軒)でコンビニよりも多い、美容科の卒業生は約1万7000人。にも関わらず新規学卒者の3年以内の離職率は約57%※と非常に高い……、厳しい時代です。自分は変わらなくても時代は変わるので、必要に応じて知識を身に付けるべきだと思っています。
※2023年10月20日厚生労働省発表。新規学卒就職者の産業別離職状況(令和2年3月に卒業者)
美容業が含まれる「生活関連サービス業、娯楽業」の数値。
■「不透明で将来が予測困難な状態」の現代は、VUCA(ブーカ)時代とも呼ばれる
V | Volatility | 変動性 | AIやIT技術の進化、消費者のニーズや価値観が変化し、1度成功しても優位性が確保されない。 |
U | Uncertainty | 不確実性 | 地球温暖化や新型コロナウイルス、災害など誰にも予想がつかないことが発生する可能性がある。 |
C | Complexity | 複雑性 | 様々な要素が複雑にからみあっている状況。最適なビジネスモデルが見つけにくくなっている。 |
A | Ambiguity | 曖昧性 | 物事の因果関係が曖昧で、問題が起こった際の原因や改善方法を考えることが難しくなっている。 |
人生100年時代、今や企業は70歳までの雇用機会確保を求められています。(2025年4月~65歳定年が義務化)人生のうち働く時間は長くなる一方で、経済環境の急激な変化により将来の見通しが立ちにくく、離職・転職を複数回繰り返すことが当たり前の時代。この荒波を乗り越えるためには、美容師も「学び直し」が必要ではないでしょうか。
美容師の宮城さんが取得した国家資格「キャリアコンサルタント」と学んだ「識学」とは?
社会人になってから学校などで学んだことがある人は約19%と言われる。2018年に国家資格「キャリアコンサルタント」を取得、その後2019年3月から2年間にわたりマネジメント理論である「識学(しきがく)」を学んだ宮城さん。スタイリストとして、美容室経営者としてどのように活かしているかを聞いた。
美容室の離職を防ぎ、働きやすい環境をつくる「キャリアコンサルタント」
――国家資格「キャリアコンサルタント」を取ろうと思った理由を教えてください。
2008年に自分でお店を出してから「辞める人にはそれなりの理由がある」という経験をしてきました。理由は大きく2つあると思っていて、①挑戦するために辞めたい人 ②(越えなければいけない)壁にぶつかり辞めたい人。後者の場合、別のサロンや業種・職種へ行くことで一瞬気持ちは晴れると思うんです。でもまた同じ壁、迷いや不安にぶつかる可能性がある。もっと自分のお店の中でメンタルや内面を支援して壁が登れるよう背中を押してあげたいと思いました。
もう1つは、美容師の離職理由で「人間関係」は多いと思っていて。でもどこの業界へ行っても同じ問題があると思うので、考え方を変えるキッカケを提供して美容業界に居続けてほしいと思いました。
――キャリアコンサルタント資格はどのようなことを勉強しましたか。
学校に通い(一部通信教育可)150時間の勉強が必要で、その後キャリアコンサルタント試験を受けました。キャリアコンサルティングは、相談者の悩みに寄り添いながら1対1で傾聴(けいちょう)し、共感しながらも相談者の自己理解を深め、問題をとらえて成長へ促すことができなければなりません。習ったカウンセリングの技能はスタッフの面談の際にもすぐに使えると思いました。
――美容業界ではどのように活かせるのでしょうか。
キャリアコンサルタントは、一般的に学校やハローワークでキャリアに関する悩みや問題を抱える人の支援をする仕事です。美容業界・美容室で活用するとしたら、下記のようなことが考えられます。けれど、僕自身は経営者でもあるので1人ひとりのスタッフに寄り添って話を聞きすぎるとお店がうまく回らなくなる……という経験もしました。失敗談については後ほどお話ししようと思いますが、社内の人材が兼任する方法以外に、社外のキャリアコンサルタントに依頼するという方法もあると思います。
①離職防止の支援
・社内「メンター」の育成
「メンター」とは、新入社員1人に対し、2~3歳ほど年の離れた他チーム(直属ではない)の先輩1人が付き、仕事の相談にのることで精神的サポートをする役割のこと。実際に取り入れた会社では、若手社員の離職率が下がったという結果も出ている。メンター側の相談の乗り方、話の聞き方のノウハウをキャリアコンサルタントから学ぶことができれば、新入社員の自己理解と成長を促しながら、メンター側の先輩も成長することができる。
・面談の強化
社内における評価面談の際、マネージャーや社長との面談の他に、外部のキャリアコンサルタントとも面談の機会をもうける。上司には言いにくい悩みや将来のキャリアを考えた上での不安、少なからず仕事にも影響を及ぼす私生活の悩みを相談することで、スタッフ自身の自己理解が進むだけでなく、会社からの期待・ニーズに自ら気づく機会を提供する。
・美容師としてのキャリアプランの明確化
「将来1人で独立したい、友人とお店をやりたい、今のお店で幹部になりたい、ずっと現場でたくさんのお客様に接していたい……」将来目指す美容師像を決められていても、1年後・3年後・5年後までにやるべきことを明確化できているスタッフは少ない。一緒に順を追って明らかにすることで、将来のために今やるべきことをみつけ離職を防止する。
・女性美容師・ママ美容師への支援
出産後も働き続けられるかどうか、働き続けたいかどうか迷う女性は多い。さらに、仕事の楽しさを感じている人ほど出産を迷い、両立できる仕事への転職を考えるケースも少なくない。仕事と結婚後の理想像(キャリアプラン)を持ち、自分の軸(職業興味、適性や価値観など)の確立を支援することが重要。さらに、実は出産前の段階にある女性スタッフこそ前述のような支援をキャリアコンサルタントが行うことで、離職を防ぐことができる。
「辞めたい」という話が出てきてからでは遅すぎます。例えば、ライフイベントを経ても働きやすいフォロー体制や仕組みづくり、社員のキャリアパスを構築&明示する、気軽に話せるサポート体制を構築するなど、事前の環境整備が離職率低下に結びつきます。
②お客さまとの信頼関係構築強化
お客様がお写真を持ってこられて「こんな感じにしたい」とおっしゃられても、その写真の中には「ここはちょっと違う」と思ってらっしゃるデザインがあるものです。「傾聴」ができ、「適切な質問」をすることで、お客さまとの信頼関係は深まり、さらに満足度も上がります。
③美容学生への情報提供
会社説明会だけでは、入社後働いているイメージはつきにくいですよね。また、時間の制約があるので説明会に出られるサロン数も限られてしまう現実があります。より自分自身に合った会社・サロンをみつけるために、キャリアコンサルタントが情報提供・マッチングができ、さらには「職場体験」のような機会を内定前に提供することができれば、若手社員の早期離職防止につながるのではないかと思います。
組織のムダを排除し、継続的な成長を実現する「識学」
――識学を勉強されようと思ったキッカケは何でしょうか。
キャリアコンサルタントは相談者に「寄り添う」、相談者の発言を「否定しない」ことがすごく大切なんです。そうすることで、相談者自身の内省へつながると学んだし、本当にそうだと思います。けれど、僕の場合は経営者という立場も持ち合わせていたので、イニシアチブ(主導権)を握る必要があるシーンにも度々遭遇しました。
――例えばどのようなシーンでしょうか?
キャリアコンサルタントは、相談者自身の中に答えがあるという考え方なので、こちらから答えを誘導したりは一切しないしできません。ただし経営者は「正しい道はこっちだ」と指示すべき時があります。さらに美容業界自体が教育産業なので「これはいい」、「これはダメ」と明らかにしなければ成長しないと思います。キャリアコンサルタントは“個人”に寄り添う、けど経営者として個人に寄り添いすぎるとバランスを崩すこともあるので“組織”に寄り添う「識学」も学ぼうと思いました。コロナ禍の直前に3店舗目のサロンを出店したのですが、僕自身が個人へ寄り添いすぎたがために、全体のスタッフの1/4が退職してしまうということもありました。
――キャリアコンサルタントと識学の違いとは?
僕自身の考え方ですが、キャリアコンサルタントは「母性的」、識学は「父性的」ですね。子供のすべてを包み込み寄り添おうとする母と、厳しく律する父のようなイメージ、だから真逆です。識学では評価はすべて数値化しますし、社長・店長・スタッフ…と肩書きごとに責任と権限があり、明確化されています。キャリアコンサルタントは常に相談者と“対等”ですが、識学では肩書きごとに“同等ではない”ことを理解する必要があります。
例えば、サロン内でスタイリストのAさんから、2年目のBさんについて下記のような相談を受けたとします。その場合、対応方法が全く違うので、違いがわかりやすいと思います。
僕は経営者なので、上記の場合は識学の考え方を採用しますし、経営者の方には学ぶことをおすすめします。キャリアコンサルタントにスタイリストAさん、2年目Bさんそれぞれの相談に乗ってもらうとよりよいサロン・働きたいサロンに成長しそうですよね。
目指す美容師像別・必要スキル&能力
宮城さんの場合、「キャリアコンサルタント」「識学」を自身で選んだが、同じ美容師でも目指す働き方や美容師像によって学び直しの内容は異なるべき。今現在、政府はリスキリング、リカレント教育に力をいれているため企業・個人への助成金・給付金は充実している。そのため、まずは個人としてやりたいこと、学びたいことを明確化することが重要だ。
将来目指す 美容師像(例) | スキルや学習内容(例) | ポイント |
---|---|---|
独立したい | 行政書士、中小企業診断士、Webマーケティングなど | ビジネスに関する法律(民法や労働法など)を学べば、起業や会社経営に役立つ。 |
今の会社で 幹部になりたい | MBA、統計学、Webマーケティングなど | 例えば幹部として「集客」を強みにしたいなら、データ分析・統計学の知識を学ぶのもよい。 |
海外で通用する 美容師になりたい | 英語(「TOEIC Speaking Test」など) | 日常生活・ビジネス上の話す力を問うテスト、自己紹介や資料を見て話すテストなど試験内容も様々。 |
副業でも稼ぐ美容師になりたい | やりたい副業を明確にし、目的に応じてスキルや学習内容を選ぶ。 |
美容師としてのキャリアは大きくわけて2つあると思います。
①1人で独立
②仲間と一緒にやっていく
どちらに進みたいか決まっていたら、今自分は目指すキャリアに沿って動けているか、違う方向で動いていないか確認してほしいと思います。どちらにしても、今目の前にあることだけではなく、+α学ぶこと、行動することが大切だと思います。
「学び直し」のための給付金とは?
上記であげたスキルや学習内容は、すべて下記の教育訓練給付制度で給付対象となっている。やりたいこと、学びたいことが決まったら、サイトから検索しよう。15,000講座が対象で、オンライン講座や夜間、土日に受講できる講座もあり働きながら受講することも可能。
◎教育訓練給付制度……能力開発、キャリアアップを支援する雇用保険制度の一環として行われる給付制度。そのため雇用保険の加入期間などの条件がある。パート、アルバイト、派遣労働者も対象。下記3つの種類に分かれる。
1)専門実践教育訓練 ― 最大で受講費用の70%(年間上限56万円を受講者に給付)
2)特定一般教育訓練 ― 受講費用の40%(年間上限20万円を受講者に給付)
3)一般教育訓練 ― 受講費用の20%(年間上限10万円を受講者に給付)
「リスキリング」と「リカレント教育」のちがい
社会人の「学び直し」を意図する用語として使われる「リスキリング」と「リカレント教育」。目的と主体に違いがあるが、どちらも現在の混沌とした経済環境におかれる個人としての「学び」の大切さを主張している。
・リスキリング……現在の仕事へ活かすことを目的に、企業主体で進める学び直し。主に、従業員にデジタルスキルを習得してもらう機会を提供する。
◎マナビDX 今後企業に必要不可欠なDX(デジタルトランスフォーメーション)人材を補うため、デジタルスキルを身に付ける講座を検索できる。
・リカレント教育……キャリアアップやキャリアチェンジを目的に、現在の仕事にとらわれずに、個人主体でスキルの向上や新しい技術を得るための学び直し。
◎マナパス 社会人の大学等での学びを応援するサイト。「分野」「資格」「給付金や奨学金等の支援」「土日・夜間開講」など自分の希望に沿った条件で講座内容が検索できる。
- 執筆者
- 増田 歩
「CHOKi CHOKi」「Ocappa」「BOB」 etc.からのフリーランスライターです。ボブとショートをいったりきたり、趣味にしたいのはヨガ。