サロンワークをこなしながら、ふとよぎる。
「美容師として、10年後の自分に自信が持てるだろうか?」
フリーランス?独立?でも、それにはリスクもある。技術一本で勝負し続けることへの不安だって当然ある。とはいえ、何から考えればいいのか、正直わからない。
そんななか、サロンワークだけに依存しない働き方を実践している美容師たちが、大阪の〈CLUTCH〉(クラッチ)にいる。自分の軸を持ち、サロンの枠を超えて活躍する彼らの姿から、「今の自分に必要なこと」を探ってみたい。

中塚孝博(なかつか たかひろ)1989年生まれ、大阪府出身。大阪1店舗を経て上京。2年間のフリーランスを経て〈CLUTCH〉入社。東京・大阪の2拠点でビデオグラファーとしても活躍する。
寺坂美希(てらさか みき)1989年生まれ、京都府出身。大阪1店舗と業務委託サロンを経て7年前に〈CLUTCH〉入社。1人美容師を支援する「rink(リンク)」を立ち上げ、代表を務める。。
濱 浩太朗(はま こうたろう)1985年生まれ、和歌山県出身。2017年に〈CLUTCH〉を創業。完全自由シフトの「港型経営」を掲げ、大阪・福岡・広島・名古屋に計15店舗を展開する。


美容師でありながら、カメラマンでもある。中塚孝博さんは、美容師として働く傍ら、ビデオグラファーとしての顔も持つ。現在のサロンワーク時間は月50時間ほど。残りの時間は、撮影と編集に充てている。
撮るのは、主に美容師やサロンのPV。求人目的の依頼も多く、ヘアスタイルが美しく見える角度や、施術中の手つき、接客の間合いまで——。そこに宿る「らしさ」を丁寧に拾い上げる。それは、美容師だからこそ持ち得る視点だ。
「美容師だからこそ撮れる映像があると思っています。たとえば、髪のツヤや動き、サロンワークの空気感をどう切り取るか。カメラだけをやっている人には、たぶん見えないものがあるんじゃないかと」
映像のスキルは、すべて独学。コロナ禍で手が空いたときにYoutubeを見て学び、SNSに動画を投稿していたら、気づけば仕事の依頼が舞い込むようになった。仕事のバランスは、美容師:映像でおおよそ6:4。内容によっては収入面で逆転する月もあるという。
感覚はそのままに、表現の場を変える
「美容師って、手に職はあるけど“出口のかたち”が見えにくい仕事だと思うんです。独立しないなら、マネージャー?教育係?って。自分はそういうキャリアがピンとこなかった。でも、もうひとつ別の軸を持てたことで、将来の選択肢が広がった感じがします」

映像を始めて気づいたのは、「つくることで誰かに喜ばれる」という感覚の意外な近さ。美容師がスタイルを仕上げたときのリアクションと、映像を納品したときのリアクション。その手応えには、重なる部分がある。
「美容師一本だった頃より、視野が広がったと思う。会える人も、知れる現場も増えた。案件ごとに違う人と組んで違う見せ方を考える。その繰り返しが自分を少しずつ変えている実感があります」
美容師として培った観察眼と感性を、もっと外側の分野でも武器にする。美容師のままで広がる選択肢を、自分自身で実証している。


サロンワークの合間、予約の空き時間や帰宅後の夜にパソコンに向かう。寺坂美希さんは、昨年10月に〈rink〉を立ち上げた。
その内容は、LPやホームページ制作、AIで生成した店舗用BGMの提供など、個人サロン向けの業務支援サービス。子育てとサロンワークを両立する中での「このまま続けられるのか」という不安が、彼女を突き動かした。
「美容師の仕事は好きなんですけど、時間と体力には限りがあるし、いつ何があるかわからない。ずっとこの働き方を続けられるのかって、ふと思ったんです」

現在、サロンに立つのはおよそ100時間。子どもの都合で予約を切ることもある。そうした空き時間を利用して進めている〈rink〉は、現在プレ運用中。主力商品は、ヘアサロン向けのAI楽曲を定額で提供するサブスクリプション型モデルで、著作権処理の必要がなく、商用利用もできる。そこからニーズに応じて、LP制作などにクロスセルでつなげる構想だ。
“手を止めても”価値を生み出せる働き方
「“立っていない時間”にも、誰かの役に立てる仕事がある。そう思えるようになったことで、美容師の仕事にも余裕が出てきた気がします」

軸をもうひとつ持ったことで、たとえサロンに立てない日があっても、「今日はこれができる」と思える選択肢がある。それが心の余白になる。
「美容師って、“動けるうちは大丈夫”って思いがちなんです。でも、家族のことや体調で立てなくなる日もある。以前は“働けない=何もできない”だったけど、今はそうじゃないと思えるんです」
専門性を“手を動かす技術”だけにとどめない。働き方を複線化して、 “限られた時間をどう活かすか”という視点で、新たな挑戦をつくりだす。

サロンワークとは別のフィールドで活動の幅を広げる中塚さんや寺坂さん。彼らのような働き方がなぜ可能なのか——その背景にあるのが、〈CLUTCH〉が掲げる「港型経営」の考え方だ。
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「港型経営」とは、スタッフそれぞれが自分の“船”=やりたいことを持ち、その出入り口として〈CLUTCH〉という“港”が機能するという発想だ。
たとえば、正社員雇用でありながら、出退勤時間や休日をすべて本人に委ねる“完全自由シフト”の採用もその一環だ。制度の柔軟さだけでなく、「働き方を自分で設計できる状態」を実現するための組織づくりが、その土台となっている。
「キャリアパスの相談は、最初は漠然としたものが多いんです。将来が不安だけど何をしていいかわからないとか。でも、好きなことや得意なことを一緒に棚卸しして、社内にある事業のアイデアと組み合わせると、案外すぐ“やれそうなこと”が見えてくるんですよね」
キャリアの“もうひとつの線”を描ける仕組み
スタッフの挑戦を後押しする仕組みとして設けているのが、希望制の「プロジェクトメンバー制度」だ。月1回のミーティングを通じて、アイデアの芽が動き出すまでを伴走するのがCLUTCH流だ。
たとえば寺坂さんの場合、「何か始めたいけど何をすればいいかわからない」という状態からスタート。社内に蓄積されていたアイデアを濱代表が提案し、それをベースに〈rink〉というプロジェクトが生まれた。

取材時点で、全社員104名のうち24名がプロジェクトチームに所属し、サロンワークに加えて別事業にも携わっている。
「ゼロから起業するって、体力も資金もリスクもいる。でも、“社内で別軸を始められる”っていう仕組みがあれば、美容師を続けながら挑戦できる。ここがフリーランスとの大きな違いだと思っています」
別事業だけでなく独立支援やFCオーナーなど、将来を見据えたマネタイズプランを複数用意している。“何をしてもいい”という自由ではなく、“自分の人生を自分で設計できる状態”を支えること。それが〈CLUTCH〉の掲げる、“サロンの枠を超えたキャリア支援”だ。

技術を磨いて、現場に立ち続ける。それだけが、美容師のキャリアじゃない。
大切なのは、“何者かになる”ことではなく、“どう働き続けられるか”を考える視点。スタイルをつくる感性が、映像や言葉の仕事に変わることもあるし、サロンに立てない時間を、別の役割にあてる選択もある。
キャリアは、1本である必要はない。むしろ複線であることが、これからの時代の強さになることだってある。

- 執筆者
- 木村 麗音
日本美容専門学校を卒業後、都内ヘアサロンを経てキャリア転換。少年ジャンプ編集部で3年編集アシスタントを務めた後、髪書房に入社。ウェブメディア「ボブログ」の編集を担当。
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