美容師みんなでつくる、AI新時代がやってきた
自宅でのスタイリングやケアの悩みを相談できる「感情のAI」プロトタイプが完成した。SENJYUと協力サロンi.、GOALD、COAの考える未来を聞いた。
写真:トカジショウタ
※この記事は『月刊BOB』 2023年4月号連動企画です。
進化するテクノロジーによって、美容師は豊かになっただろうか?
今後さまざまな業種で急速に進むと言われているAIだが、美容室におけるAIとはどんなテクノロジーなのか。3年前から愛知産業大学の教授とともに開発を進めてきたSENJYU 森越道大氏と、森越氏に賛同し今後共に活動を推進していくi. 山内大成氏、COA 青木大地氏、GOALD 米田星慧氏のクロストークから「美容室×AI」の未来を考えたい。
こんなにワクワクすることない
今回大学と共同開発した感情のAIは、美容師の技術を模倣するAIではないです。僕たちがつくりたかったのは、お客さまの疑問や不安を24時間即座に解決する相談型の「寄り添い美容師AI」。現在、プロトタイプが完成し、2023年はクローン機の製作に入っていきます。クローンAIを増やすことで、どの世代のどんな履歴の悩みも解決に導くことができます。
理論的にはカットなどの模倣はアメリカの研究ではできるようですから、いずれカットするロボットも世の中に出てくるかもしれません。けれども髪を切っている人間には、本来人が話せない心のスペースを開ける可能性があると思います。心に触れて、心を拾うことができる。AIではその心を再現したり、第六感で得る心の感動値の再現ははまだ難しいと思います。アメリカの論文で読んだんですけど、どんなにAIが進んでも「触覚」の再現がAIでは難しいそうです。「固い」とか「柔らかい」とかの単純な触感ではなく、たとえば「風の触感」。大事な人になにかあったときの夜の風は冬でも冷たさを感じなかったり、人間の心には波動がある。波動によって人間は感じ方が違って、それは計算式では出せないものだそうです。
「触覚」や「質感」は美容師にとって、ものすごく大事な感覚ですよね。僕は今回のAIプロジェクトは「感情のAI」という点がおもしろいと思いました。最初に森越さんにAIプロジェクトをやるから一緒にやらないか? とお誘いいただいたときは、いずれこのような技術に美容業界でも取り組む日が来ると思っていたので、希望の「光」を感じました。新しいことが立ち上がるとき、僕は常に「光」と「法律」が根底にあると考えていて。今回のプロジェクトには「光」が見えたな! と。資本力のある企業がどんどん業界外から入ってきている中で、僕は美容師がやることを応援したいと思いました。
AIプロジェクトが立ち上がったことは聞いていて、COAにも声がかかったら嬉しいなと思っていました。COAは共同代表の小西恭平と「業界の課題を解決したい」という信念のもと、新しいことへのチャレンジは積極的にやるスタンスです。近い未来、どの業界でもAIは必須になります。COAが得意とする「似合わせ」とAIテクノロジーが融合することで、世の中の悩めるお客さまに新しい提案ができるなら嬉しいなと、森越さんからの協力依頼に「やります!」と即答しました。
めちゃくちゃ嬉しかったですよ。同じ感覚でいる美容師がこの世に存在することに感動しました。米田さんも初対面で出会った瞬間に「やりたいです!」って言ってくれて(笑)。
はい。会った瞬間に言いました(笑)。僕もやろうと思っていたことなんです。兼ねてからAIでカウンセリング能力を高めて、美容室に興味がある分母数をどれだけ増やせるかに未来はかかっているなと考えていて。それで、僕から言いました。「なんかやらしてくれないですか?」って。僕はマーケティングの会社を自分で運営していて、自分の仕事領域で考えても絶対貢献できるという自信もありましたし、このAI事業にロマンがなければ未来がないなと。こんな未来のあるプロジェクトに理解のない社長だったらついていく意味ないなと思って、認めてもらえなかったら辞める覚悟でトメ吉さん(中村トメ吉代表)に電話して。そしたら「最高かよ!」って即答でOKでした(笑)。
会社を挙げてAIプロジェクトに取り組む上で、「業界の未来を変える」といった大きなミッションにはイメージの湧かないスタッフももちろんいます。女性のお客さまの場合、「悩みを聞いて欲しい場合」と「課題解決したい場合」があって、課題解決の場合は確実に解決してほしいし、言いにくい悩みもある。だからそこは親身になって相談できる完璧なAIがあったらいいよねと目の前のお客さまに例えながらスタッフの理解を伝播させていきました。こういうことって丁寧に伝えることが大事。
日々個別にコミュニケーションを取りたいから、僕は週5でサロンワーク出るんですよ。外部の仕事があっても必ずサロンに戻ってサロンワークして、ちょっとでもみんなとの時間つくる。僕も小西も徹底しています。
i.、COA、GOALDの会社全体での協力体制は整った。
さらに3社以外にも各エリアから現在10サロンの協力を得られており、2024年までに80サロンの協力体制を構築する予定だ。
AIは何ができる? 何をやる?
2020年から愛知産業大学 スマートデザイン学科ヒトデジタル模倣研究室の伊藤庸一郎教授のAI生成プラットフォームに、実在のスタイリストと同じように思考し、お客さまの髪を診断するデジタルクローンを共同開発してきた森越氏。
サロンにカメラを設置し、2年以上かけてカウンセリングを動画に収め、お客さまが疑問を持ったそのとき「森越さんならどう解決するか」「森越さんはお客さまの何を見ているか、どこを見ているか」をAIに学習させてきた。
そして2022年にプロトタイプが完成。
次の構想は、デジタル上の架空の空間に「デジタルサロン」をつくり、クローン機をつくること。
「デジタルサロン」とは一体どんなAIなのだろうか?
「デジタルサロン」とは?
デジタルサロンとは、デジタル上の架空の空間に存在するサロン。このデジタルサロンに、i.、GOALD、COAそれぞれのクローン機も導入され、スタイリングやヘアケアの悩みを持つお客さまがスマホからデジタルサロンにアクセスすると自動で最適なクローン機から最適な解決策が提示される。スタートは3サロンをベータ版として制作し、徐々に改良。他サロンも加えながら実用化を目指す。
デジタルサロンはサロン名ごとにカテゴライズされている集客サイトとは異なり、「悩み」のキーワードからサロンの枠を超えて、特化技術を持つプロフェッショナルから個々の悩みにフィットする回答が得られる。
将来的には集客につながるプラットフォームへの進化も視野に入れ、クローン機の量産を目指す。
支持されるべき美容師が集客できるAI時代へ
ーーテクノロジーの進化の中で、美容室の「集客」は今後どう変わっていくと思いますか?
未来の集客がどう変わっていくかより、どうしたいか? なんだと思います。それを僕らが引っ張らないといけないですよね。個人集客のフェーズに入ってからはみんなプライベートを削ってSNSをやってきました。本当にそれが幸せかというと一部の集客できる人は良いけれど、家庭があったり色んな事情で難しい人もいる。丁寧にお客さまに対応したことがデータ化されていくとか、美容師としての日々の真面目な取り組みが集客につながる未来がこれからは必要で、だからこそAIに協力したいんですよ。未来の集客はAIにしてもらって、美容師としてのサービスで今まで以上に集客できる時代になるべきだと思います。
本当にそう。「発信力が強いから集客できる」じゃなく、「美容師としての本質をとことん追求しているから、AIがお客さまに勧める」。そんな時代がくるべきだと僕も考えていて。だから僕はSENJYUの若手スタッフには「なぜ今AIが必要なのか」を美容師の本質をつらぬくために、集客を変える必要があるからだと伝えています。この事業はSENJYUだけでやっている事業ではなく、業界みんなで盛り上げていきたいから、「100円から先行投資できる仕組み」も策定中で、先行投資してくれた美容師さんたちが、来たるAI時代にAIの使用権限が保有できるシステムもつくっています。
100円で1年目の美容師でも参加できるという、若いスタッフたちのことも考えてくれているのが嬉しいなと思いました。資本参加については当然で、winwinの関係を築くべきだと思います。i.にも「winwinwinのワクワクする会社」という理念がありますが、今までのプラットフォームは本当にwinwinだったのか? と今考えるときなんじゃないですかね。美容室は美容室同士で戦うのではなく、手を取り合って2兆円の市場をもっと大きな市場にしていくべきだと思います。
100円から参加できる仕組みとは?
森越氏は「デジタルサロン」をSENJYUの所有物にするのではなく、美容室業界を挙げたプロジェクトにしたいと考えている。
お金や時間をデジタルサロンプロジェクトに先行投資してくれた美容師さんたちが、来たるAI時代にAIの使用権限が保有できるシステムをつくるべく、数百円〜千円程度の低額で美容師が先行投資できる「美容師の参加券」を発行する仕組みを考案した。
数百円〜千円程度の低額にする予定なのは、美容師さんから開発費を集めたいわけではなく、多くの美容師さんに集まってもらいたいからだという。
一部の人が力を持つのではなく、均等にすべての美容師が力を持て、本当に悩んでいることに対応した美容師がデータ化されていく。AIというテクノロジーを使って美容師の支持のあり方を変えていくという取り組みになると思うので、現状で成功しているサロンはこのプロジェクトに協力すべきなんです。もちろん、未来はわからない。けれども業界をよくするために今動いて、本当に素晴らしい美容師さんたちにこういったサービスをもっと広めていくべきだと思いますね。
心が動く、半径50cmのコミュニケーション
僕らの仕事は毎日、半径50cmで一定数のコミュニケーションを取りながら、そこで悩んだ課題を自分自身で噛み砕いて鮮度よくSNSで発信する。このフローを行っているのは世界中の業種で美容師しかいません。この半径50cmのコミュニケーションに価値があると僕は思っています。どんなに髪をこだわって切ろうが判断するのは消費者ですよね。良し悪しを決めるのはお客さまで、そこは僕たちは何もできない。じゃあ、美容師は何ができるかというと、美容師は人の心をなぜか動かせる。ここにすべてのヒントがあると思います。
愛知産業大学 の伊藤教授が特許を持つAI『Thinkeye』は感情のAIと言われていて、伊藤教授は第六感や人間のプログラミングを研究している方です。人間の感情がプログラミングできることは将来あるかもしれないけれど、ただ人間ってそれ以上でできている。人間と全く同じ機能を持ったロボットをつくったときにそこに魂が宿るのか? これが今後の開発の焦点になると思います。
テクノロジーが進むからこそ、「人間らしい」美容室でありたいと思いますよね。
COAの理念の1つに「夢の国を超える感動体験をお客さまに」があって、銀座の美容室に行くのに早起きしてメイクして、ドキドキしながら電車に乗って、美容室のドアを開けたらすごい空間で、これからより綺麗になるんだという緊張感や感動。この「体験」はAIにはない。AIは不安だったりドキドキしたり、予約するのをためらったり、そういうのをすっ飛ばして理想が叶ってしまうけれど、そういった不安もすべて体験だと思うから、どんなにAIが進化しても、「美容師が人間らしい」サロンを目指していきたいですね。
4月に「デジタルサロン協会」を設立
森越氏は2023年4月、「一般社団法人デジタルサロン協会」を設立する。
デジタルサロン協会の目標
『1000億の市場を美容師業界で生み出す』
正規会員、賛助会員、一般会員などいくつかの会員制度を設け、デジタルサロン実用化の際はAIの利用権利を有することができる仕組みを構築中。
また、森越氏は今年1月、オブザーバーに内閣府、総務省、経済産業省、東京都、地方自治体も含まれている「一般社団法人メタバース推進協議会(養老孟司代表理事)」において「青年部リーダー」の1人に任命された。
「青年部」のメンバーはIT畑出身の社長が多い中、髪の悩みを解決するAI(寄り添い美容師AI)の知見を活かした「デジタルサロン協会」の活動が期待されており、「デジタルサロン協会」は「メタバース推進協議会」と連携しながらAIプロジェクトを推進していく。
こうしてデジタルサロン協会を業界の垣根を越えた団体にしていくことで、将来的に「寄り添い美容師AI」を他業界に売り込むことも視野に入れている。
美容師だからできること
ーー今回のAIプロジェクト以外にも新しい視点で革新したいこと、これからやってみたいことはありますか?
無駄な顧客の可処分所得から発生する消費を変えたい。たとえば地方に住むお客さまが都内に切りに行くのに交通費を1万2000円とかを払うのは無駄なんですよ。それなら地方それぞれのエリアにお金を落とした方がいい。地方の美容室の価格帯が上がると美容業界が豊かになります。都内には毎年4月に10万人が動いて、それをどう分配するしかない。そう考えると交通費を払って美容室に来てもらっているのがもったいないと思うんです。僕はずっと土日の予約は全部地方から交通費をかけて来てくれるお客さま。僕は気持ちいいかもしれない。会社のブランディングとしてもいい。でも顧客想いではないと思う。
新幹線と美容室が融合したパック料金をつくって、新幹線の移動中にカットできるとかもおもしろいかも(笑)。そういうぶっ飛んだアイデアで、美容師ならではの限界突破をしていくときだと思う。無限にありそうですよね。ビジネスのwinwinな関係に化学反応を起こさせてマネタイズしていけば、美容業界内で資本を食い合わない関係ができるのではないかと思いますね。
あとは広告代理店ですね。メッセージ性を発信できる美容師がつくったらもっとおもしろい広告がつくれるかもしれない。なぜなら、先ほども話した「半径50cmのコミュニケーション✖️無限」だから。僕は最も「世の中」に近い仕事が美容師だと思って美容師になりました。今日のサロンワークは「朝、政治家切って」「その後プロレスラー切って」「プロレスラー切って」「大学生切って」・・・「社会人切って」「プロレスラー切って」みたいな感じで。
プロレスラー多いな(笑)。
さまざまな職種のお客さまが来店して、そのたびにインプットとアウトプットを繰り返して、情報を吸収して。だから僕ら美容師が一番社会に近くて、この世の中を変えられるかもしれないなと。
ーー美容師発のアイデアは無限に広がりそうです。最後に今回のAI事業を通して「成し得たいこと」を一言で教えてください。
美容業界の新しい未来と美容師の社会的地位の向上ですね。今回の事業を逆に他の業界へと提案していき、他の業界を牽引できる美容業界の未来を描いています。
「集客」と「お客さまの分配」。僕はこの2点が成し得たいことです。
消費者の悩みが改善する以外は興味ないですね。そこがすべてかなと思っています。
美容室難民と言われる困っているお客さまと美容師の豊かさのために、未来にかける時間を投資したい。おのおの忙しいとは思うけれど未来のためにやりましょう!
忙しくないですよ。暇っす!
僕らのポジションで忙しいって言ったら終わりだと思うんですよ。未来をつくらないと。
今後、定期的にミーティングを行う予定だという4名。SENJYU、i.、COA、GOALDのデジタルサロンの取り組みは『ボブログ』と月刊『BOB』で追いかけます。
- Profile
- 森越道大/もりこしみちひろ
SENJYU(センジュ)代表取締役社長 /東京都世田谷区
1989年4月13日生まれ。北海道出身。ハリウッド美容専門学校卒業。2022年4月に株式会社SENJYUを設立。2022年9月にGARDENを退社し、自店舗を持たず他社と協働し、全国の美容室で施術をする新しい形のプロフェショナルチームとしてSENJYUを急拡大中。
- Instagram : @morikoshi.senjyu
- Profile
- 山内大成/やまうちたいせい
i. (アイドット)代表取締役社長/東京都渋谷区
8月26日生まれ。愛媛県出身。名古屋総合美容専門学校卒業。愛称「とんさん」。2019年に独立し、現サロンの母体となるi.(アイドット)を立ち上げ、共同代表の1人として、500万を超えるスーパープレイヤーを生み出し続けている。現在、i.は東京、大阪、福岡、愛媛に店舗を展開。
- Instagram : @i._hair_tonsoku/
- Profile
- 米田星慧/よねだせいえ
GOALD(ゴールド)執行役員/東京都渋谷区
1993年2月17日生まれ。神奈川県出身。国際文化理容美容専門学校卒業。校則改革プロジェクトを発足し、都立高校の校則改革に成功。著書に『15分後 最高にかっこいい自分になる』(1万年堂出版刊)。GOALD 執行役員。2021年「美容師が選ぶ全国好きな美容師ランキング」1位。
- Instagram : @yonedaseie/
- Profile
- 青木大地/あおきだいち
COA(コア)代表取締役社長/東京都中央区
1989年9月9 日生まれ。香川県出身。国際文化理容美容専門学校渋谷校卒業。同級生の小西恭平氏とともに銀 座の一等地に計170坪の大型店 COA を立ち上げる。銀座2店 舗の他、2023年2月に千葉駅直結で新店オープン。自社ブランドCOA PLUSは国内130店舗、海外でも展開中。
- Instagram : @daichiaoki99coa/