昨年、まばゆい光のなかでその名前が呼ばれた。
日本武道館を舞台に、全国から勝ち抜いた若手美容師が競い合う「ナプラ ドリームプラス コンテスト」、通称“ドリプラ”。歓声と拍手の渦のなか、当時23歳のアシスタント・維駒さんが頂点に立った瞬間だった。
それから一年。 32歳以下の若手だけが挑める頂上決戦、美容界の“M-1グランプリ”とも呼ばれるこの大舞台に、彼は再び戻ってきた。前人未到の2連覇をかけて。重圧と期待を背負いながら歩む、揺れと確信の日々を3回にわたって追いかける。

2001年生まれ。高知県の理容師の家系に育ち、美容師を志す。高知理容美容専門学校を卒業後、同県のヘアサロン〈KENOMIKA.〉(ケノミカ)に入社しクリエーション活動で存在感を発揮する。主な受賞歴に「Japan Hairdressing Awards 2024(JHA/日本美容業界最大級のアワード)」ニューカマーオブザイヤー 最優秀新人賞、「Kansai Hairdressing Awards 2024(KHA)」ライジングスター部門ファイナリストなどがある。

本番を約1週間後に控えた9月1日。維駒さんは高知で製作した衣装を携え、モデルフィッティングに臨んでいた。すでに大枠のデザインは決まっていて、3日前にもモデルに高知まで来てもらいフィッティング済ませていた。今日はその時の修正を確認する場だ。

決勝のモデルに選んだ恵麻さんは、普段から撮影やコンテストモデルとして活躍している。維駒さんが主催する撮影会「CCC(こまこまクラブ)」で、自身がカメラマンとして撮影した経緯があって「決勝まで残ったら声をかけよう」と心に決めていた。
「恵麻ちゃんの印象が僕のなかで“白”だったので、雪の妖精をイメージしています」
昨年も「アルビノ」と、“白”をメインにした作品で挑んだ。そして今年、偶然にもメインカラーは再び“白”。雪の妖精から派生した「スノーマジックファンタジー」という裏テーマを重ねる。

衣装を決めるときは、コレクションブランドの動向を参考にする。その指標になるのが、ガモウ関西の主催する「三都杯」だ。毎年、ファッションの潮流を反映したテーマが設定されるコンテストとして知られ、今年は「ロバストエレガンス」。荒々しさとエレガンスが同居する、タフな女性像がキーワードだった。

イメージを練る途中で描いたヘアと衣装のデッサン
「最初はウェディングドレスがイメージだったんですけど、ドレスは審査で好みが分かれると思ってやめたんです。そこから毛足の長いファーに目をつけて、コレクション誌を読み漁るなかで「ANN DEMEULEMEESTER」(2025-26年秋冬コレクション)のあるルックが目に止まって。方向性が定まっていきました」
衣装はエリアファイナルも手がけた、維駒さんと近いエリアで活動するひよりさん。8月の頭に大枠となるテーマとイメージカラー、参考資料を渡し、そこからお互いに意見を出し合って形にしていった。

8月27日に上がった最初の衣装案。細長く裁った白い布を重ねて縫い付けたスカートに、肩にボリュームのあるファー素材を合わせ、冬らしい重厚さと神話的な存在感を演出した。

実際にサロンスタッフに協力してもらいフィッティング。試しにスカートをそのまま着るのではなく、ポンチョのように羽織ってみると全体がまとまり始めた。外しとしてスウェットを試してみたが、これはイメージと違い変えることに。
「本当はスカートにするつもりだったんですけど、それを羽織ることにしたからパンツどうしようって悩んでて。そしたら今回メイク担当の琴加が『去年、維駒が決勝で履いてたパンツあるじゃん』って思い出してくれて。タイミングよく次の日に恵麻ちゃんが高知に来る予定だったんで、合わせてみたんです」

翌日、維駒さんの白いキルティングパンツを合わせてフィッティング。白いワントーンでまとめる方向で決まった。ここから、各パーツの大きさや小物を調整していく。
「去年と同じ白をテーマにするのに、僕のなかでも迷いがあったんですけど。恵麻ちゃんは絶対に白が似合う。昨年の自分への挑戦じゃないけど、去年を超える作品をつくりたいんです」


この日フィッティングで焦点になったのは、衣装の質感や細かい配色。
「少しキラキラさせたくてラインストーンをつけてもらったんですけど、かえってチープに見えちゃって。もっと上品にしたいからスパンコールに変えようかなって。あとヘアの方に黒色が入るので、衣装も白一色じゃなくて黒のレザーを差し色として入れたほうが全体が締まると思うんです。ファーもこのままだとペラペラ感があるから、先の方に裏地を足して重厚感を出したい」

細かい衣装パーツをひとつずつ組み合わせ、最適なバランスを探る。撮影でいつも使っているメガネもいくつか試した。
「ちょっとクセのある形がいいんですけど、フレームが太いと全部もっていかれちゃうんですよね。もう少し探してみます」

衣装の制作と並行して、ヘアデザインも進めていた。

営業後にデザインの試作を始める。
「恵麻ちゃんも『切っていい』って言ってくれたので、最初はベリーショートでぱやっとしたちょっとドライな質感をイメージしてたんです。恵麻ちゃんのクセ毛を活かしたベリショにして、ラメとかでファンタジー感を出そうかなって」

ベリーショートの試作(8月14日撮影)
しかし試作を重ねるうちに、額の余白を生かすボブに近いデザインへ。従来のベリーショートから大きくデザインの舵を切った。

デザインの試作。前髪をサイドにつなげつつ再びフェイスラインに(8月17日撮影)
「最初は切る幅も大きいし目を引くからベリショのつもりだったんですけど、考えてる途中で『これ自分っぽいのかな』って感じて。僕自身そこまでベリショが好きってわけでもないし、だったらモデルさんに一番似合う形、自分らしいデザインを突き詰めた方が絶対後悔しないなと思って、変えることにました」

カラーの試作。ブリーチ練習中の後輩からウイッグを買い取ることで時短する術を発見(8月31日撮影)
カラーリングは金髪をベースに黒を組み合わせたツートーン。黒と金の比率をどう見せるかが最大の課題だった。
「黒をドンと前に入れるんですけど、フロント以外をどうするか。今のままだと少し寂しいし、だからと言ってありきたりなデザインにもしたくない。毛先だけベージュを入れるとか、刈り上げをデザインとして見せるかとか。細かいバランスが悩みどころです」

実際に黒のポイントウィッグを用いて試作。
そして9月1日。衣装の修正点を確認し、配色や質感の細部に頭を悩ませながらも、この日の作業は一区切りを迎えた。


次に恵麻さんと会うのは決戦の2日前。それまでの約1週間、サロンワークを終えると夜中までウィッグを手に取り、15分という制限時間を想定して仕上げる練習を繰り返した。配色の細かな調整も、すべてはウィッグで確認するしかない。

この1週間、維駒さんはほとんど家に帰らずに、サロンで寝泊まりして深夜まで練習し続けた。ひとつ仕上げるたびに課題が浮かび、次の修正に移る。ひたすらその繰り返しだった。


決戦を前日に控えた月曜、維駒さんの姿は新宿のナプラスタジオにあった。
前日は高知で夕方から恵麻さんの仕込み。メイク担当の琴加さんと3人で徹夜して、そのまま東京に移動してきたという。
維駒:おはようございます。裏テーマなんですけど、変えることにしました
エナジードリンクを片手に、まだあまり疲れた様子を見せない維駒さん。本番を目前に控え、ここで作品の裏テーマを大きく変えた。

琴加:結局ちゃんと決まるのが1日前だったりするよね
琴加さんは、昨年の決勝でもメイクアップとして維駒さんと共に戦い、「CCC」など撮影会でもメイクを手がける頼れる同期だ。
維駒:テーマとか決めても、結局いつも途中で変わるんですよね。僕はいつもモデルさんを起点に“作りたいヘア”がまずあって、テーマは後からついてくる感じなんです。でも直前になって『やっぱこっちやな』ってガラッと変えちゃうことも多くて。そのたびに衣装とかメイクにも影響が出ちゃうんで、難しいですね…

維駒:それで新しいテーマなんですけど、エリアファイナルでは、セーラームーンに出てくる猫「ルナ」をテーマにしてたんです。今回はその相棒「アルテミス」です。コンテスト全体でテーマもリンクして、抽象的だった色のイメージもこれでハッキリしました

エリアファイナルの作品
「アルテミス」はカラーの方向性を具体的にしてくれた。白をベースにピンクと黒を部分的に滲ませる。ベースとなる仕込みは高知で終えているため、この日は琴加さんと相談しながら残りを進めていく。衣装と同じように、メイクも彼は一人で決め込むことはしない。琴加さんにイメージを共有して、2人の感覚をミックスするようにして形にしていく。

ヘアに合わせてメイクのイメージを固める。ほんのりとピンクの余韻にきらめきを散りばめた。
維駒:「同期なんで、琴加は“それダサい”とか“こっちのほうがいい”とかハッキリ言ってくれるんですよ。だから僕としてはすごい信用してるしやりやすい。逆に僕が急にヘア変えちゃったりして、琴加はやりにくいと思うんですけど(笑)
琴加:今回はテーマよりも『あのモデルさんなんや』って思わせる新鮮さを意識してたから大丈夫(笑)。審査員のなかにも恵麻ちゃんを知ってる人が多いだろうから、攻めなさすぎて“よく見るモデルさん”って思われないように。個性を活かしながらメイクで差をつけるのが難しいです

根元と毛先にピンクをオン。毛先は当日のカットラインを想像しながら、根元より薄く色を入れていく
ドリプラの大会テーマは毎年一貫して「攻めナチュラル」。サロンスタイルのようにナチュラル過ぎても、クリエイティブを突き詰め過ぎてもいけない。その正反対な要素の塩梅と、自分なりの表現をどう導き出すかが成否を分ける。
維駒:「攻めナチュラル」ってほんと難しくて。サロンスタイルは正解に向かって作り込むもの、クリエイティブは正解がない独創性を追うもの。その間にある“リアリティブ”は、第三者から見てちょうど良い新鮮さがないと成立しない。攻めすぎても守りすぎてもダメで、一番迷います。

同じカラー剤で自分の毛先も染めた(色は入らず)
琴加:メイクもヘアと衣装のバランスを見て、仕込みの経過も見つつ決めるから、方向性がちゃんと決まるのはいつも直前だよね
維駒:もっというと、細かい調整は当日にならないとできないです。午前にリハーサルがあるので、その時にはもう肌を作り込んでおいて、ステージのライティングに合わせてどう映るか、審査する楽屋前の照明でどう映るかで微調整します

ステージを想定して離れた位置で色の見え方を確かめる
18:00。カラーを終え、最後に色の見え方を確認しようやく仕込みは区切りを迎えた。


仕込みを終え、スタジオ近くの居酒屋に集まって乾杯。テーブルの刺身をつつきながら、話題は自然と今年の挑戦へと移っていった。
「去年は何者でもなかったから、怖さがなかったんです。好きなものを作ってのびのび挑めた。でも優勝してから外の仕事も増えて嬉しさと同時に、中途半端なものは作れない”っていう重圧に変わっていって。去年の僕はチャレンジャーやったけど、今年は“打倒イコマ”で挑んでくる人がいる。そのプレッシャーはでかいです」
まだ誰も成し遂げていない連覇。連覇を狙えるのは、昨年の優勝者だけ。誰もが維駒さんを前年度グランプリの作品として意識する。

「評価は気になるけど、“それね”って一括りにされるのは嫌やし。だからって自分の好きなものを曲げてまで違うものを作るのは違う。自分の好きなものを信じたい。でも同じことをしても勝てないから新しさも必要。そういうことをずっと考えますね。明日はほとんど喋れないと思うので、よろしくお願いします(笑)」
グラスを置いたその目は、すでに武道館のステージを見据えていた。眠気と疲れを抱えながら早々に切り上げてホテルへ戻る。長い一日が終わり、明日はいよいよ本番だ。

- 執筆者
- 木村 麗音
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