
東京・八王子。
都心から電車で40分、駅前を歩いているとヘアサロンの看板があちこちに見える。その数およそ800軒と、23区外では最多らしい。
学生街であり観光街であり、ベッドタウンでもある。多層な暮らしとボリュームのあるこの街では、埋もれないために“どう戦うか”の設計がよりサロンに求められる。
ブリーチを極める専門店。
空間設計を強みにする貸切サロン。
若手が中心となって仕掛ける大型店。
「なぜこの場所で、そのやり方で選ばれているのか」。八王子編では、それらを言語化して実践する3つのサロンを取材。都心のコピーではない、これからの武器をつくるヒントを紹介する。



「都心で競い合うより、郊外のターミナルで”ここにしかない技術”を示したほうが、美容師としてもサロンとしても際立てる」そう語るのは、かつて町田市で“ブリーチといえばこの人”とも知られた、ブリーチ特化型美容師のKUMAさんだ。昨年、八王子にブリーチカラー特化サロン〈いろあそび〉をオープンし、SNSでの存在感を武器に先端スタイルを発信している。

KUMAさんの予約枠は1日わずか2枠。ケアブリーチ+カラー(トリートメント込み)は初回3万800円・2回目以降2万8000円という価格帯で、予約は数週間先まで埋まっている。繊細なリタッチブリーチからオンカラーまでを3時間半の枠で仕上げるタイムマネジメントで、顧客の負担を減らしながらも正確さを両立。複数色のデザインカラーなど、都心でも限られたサロンでしか見かけない高度なカラーワークも手がけ、この土地で唯一無二の存在感を放っている。
「KUMAラボ」の技術と学びの輪
そしてKUMAさんにはもう一つの柱がある。月額4,500円・会員約340名を抱えるオンラインサロン「KUMAラボ〉」だ。700本以上の毛束検証データ、プロセスの解説動画、カラー理論の共有に加え、営業後にLINEオープンチャットでつづる“終礼メッセージ”を通じて、日々の気づきを全国の美容師と分かち合っている。「郊外でも、子育て中でも、ハイトーンを武器に活躍できる美容師を増やしたい」と、予約枠を1日2枠に絞っているのはこうしたコンテンツ制作に時間を充てるためだ。
すでに町田では2店舗目の準備が進行中。「都心はすでに飽和している。郊外で“ここしかない”と言われる技術を持った専門店を連ねていく方が、美容師にもお客さまにもメリットが大きい」とKUMAさんは語る。実際、郊外には「ハイトーンは都心でしかできない」と思い込んでいた層が存在し、そうした顧客が近場で通える選択肢を求めているという。いくつもの路線を抱えるターミナル駅は、周辺市域の需要も一気に回収できるチャンスがある。町田時代にその手応えを得たKUMAさんは、今後も郊外ターミナルだけを点で攻略する構想を描いている。

技術に向き合い、それらをSNSとオンライン教育で外へ広げていく、〈いろあそび〉は「地方で尖る」を体現し、立地に縛られず個人の武器とネットワークを掛け合わせてキャリアを築く、新しいキャリア像を切り拓いている。


中央線・高尾駅近くの住宅街に佇む、28坪の広さにセット面2席のみの貸切サロン〈Maison yohaku〉。1日3〜6名の予約枠で、平均客単価は2万円。都心より抑えた賃料を空間と時間のゆとりに置き換え、“余白”そのものを体験価値にして提供している。
オーナーの中川さんは“薬剤オタク”を自称し、年間60本もの外部セミナーとコンテストを渡り歩く実力派だ。顧客は30~50代の女性が9割を占め、施術の核となるのはケアカラー。エイジング毛に対し、薬剤のpHやアルカリの影響を見越した前処理からレシピまでを、その顧客ごとに設計する。仕上がりのつやや手触りの変化を実感した顧客が中長期で通い続け、リピート率は96%に達する。
高尾という選択と、特化しない強さ
高尾という選択もまた、出店の余白を突いた形だ。回転率が重視される八王子駅前とは真逆に、〈Maison yohaku〉はサロンの滞在価値が軸。テレワーク移住層や子育て世代が「静かで質の高いご褒美時間」を求めて通う。
「この空間を作ったのも、僕が年を重ねても気持ちよく働ける空間を作りたかったからなんです。自分が何をしたいかを言語化して集中すれば、郊外でも十分やれると思います。僕はそれが、生まれ育った高尾への社会貢献でした」
中川さんは特化型のように、突出した武器を打ち出すわけではない。その分、余白時間という体験設計に必要な知識と技術を研ぎ澄ます。その一貫性が、場所に左右されない高付加価値サロンを成立させている。


(右)佐々木麻衣(ささき・まい)/2001年生まれ、茨城県出身。東京文化美容専門学校卒。ハイトーンカラーや酸性ストレートを得意とし、ネイルやアイなどトータルビューティーも担う。
31名のスタッフと25のセット面からなるからなる大型トータルビューティサロン〈ZEST 八王子〉。学生がボリュームゾーンを形成する八王子駅エリアで随一の集客力を誇り、働くスタッフも20代が中心と年齢層がシンクロしているのが特徴だ。その要となるのが、メンズ特化の五嶋さんとトータルビューティを担う佐々木さんだ。
圧倒的な指名数で、八王子のメンズパーマを席巻

五嶋さんは、月に300名以上の指名を集めるメンズ特化スタイリストだ。同世代である20代の学生や若年層を主軸に、技術と発信の両面から信頼を築いている。
オーダーの8割を占めるのはカット+パーマ。カウンセリング5分・カット7分・シャンプー3分・パーマ巻き10分の配分で、巻き終わりまで30分以内に完了させるタイムマネジメントも五嶋さんの持ち味だ。技量で施術スピードを突き詰めることで、マンツーマンで施術できる範囲を増やす。「手間をかけるところと効率化するところの線引きを、自分で持つことが顧客満足につながる」と五嶋さんは語る。
集客はSNSとホットペッパーが約7割。「スパイキーパーマ」の投稿が大きな反響を呼び、「#八王子美容室」などの地域タグで検索導線を整えている。残り3割は紹介で、来店した学生がサークルや友人を通じて紹介し合って再来が広がっていく。卒業してもその満足度が信頼となって、後輩へ自然に伝わっていく好循環が生まれているそうだ。SNSでの発信と地域特性を踏まえたリピート設計が、多くの顧客に支持されている。
また、五嶋さんは“ウェブ班”としてサロンのホットペッパー運用もリード。スタイルの見せ方やキーワード設計など試行錯誤を繰り返し、閲覧数・予約数ともに17店舗あるZESTグループでもトップクラスを誇る。「地元で通用しなければ、都心でも通用しないと思った」その言葉どおり、八王子というローカルのなかで“選ばれる理由”を自分たちの手で磨き続ける。
ワンストップ&ハイトーンで、“選ばれる理由”をつくる

佐々木さんは地元茨城から、上京して美容学校へ。「トータルビューティーを丸ごと担当できる美容師になりたい」という思いでZESTに入社。配属の八王子店は最初こそ「遠いな」と感じたものの、実際に住んでみると伸びやかで都心へも好アクセス。街の空気も肌に合い、すぐになじんだ。
サロンワークでは指名客の約7割を近隣大学の学生が占め、その内8割を占めるカラーは、暖色系のブリーチカラーが定番。放置時間やドライ中にネイルを進めることもあり、ネイルで来店した人がヘアの顧客になり、その逆も起こるといったワンストップならではサイクルが定着している。

そして佐々木さんもウェブ班に携わり、五嶋さんと二人三脚で集客の土台を支えている。スタッフ全員にSNS投稿数のノルマを掲げるなど、同世代のスタッフたちをまとめ上げ成果を毎月チェック。「八王子でも都心クオリティ」を可視化する仕組みを整えている。
「みんな『ハイトーンは都心でしか出来ない』と思いがちだけど、八王子でも同じクオリティを出せるとまず自分が示したい」と語る佐々木さん。ヘア・ネイル・アイ・着付けを網羅する技術とデジタル発信の掛け算で、八王子の若年層に新しいスタンダードを示している。

都心まで通えない距離ではないからこそ、選ばれるためには理由が要る。〈いろあそび〉〈Maison yohaku〉〈ZEST〉は、その理由をきちんと言葉にし武器に変えてきたサロンたちだ。
強みを突き詰めて届ける。空間や体験を丁寧に設計する。技術とデジタルの掛け算でターゲットに根ざす。どれも、立地によらず美容師としての勝ち方を見直すヒントになる。
都心であれ、郊外であれ、「どこで働くか」より「なぜ選ばれるか」。その問いに向き合う姿勢が、いま一番の差になるのかもしれない。

- 執筆者
- 木村 麗音
- Twitter : @kamishobo
- Instagram : @bobstagram_kamishobo
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