デジタルとアナログ、Z世代とY世代の狭間で。1995年生まれ美容師たちの挑戦

デジタルとアナログ、Z世代とY世代の狭間で。1995年生まれ美容師たちの挑戦

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photo:橋本美花
text:那須凪瑳

30代を目前に控えた1995年生まれの美容師たち。「Z世代」と「Y世代」のどちらに入ることもある“狭間の世代”として、上の世代から学び、下の世代を導く役割も担っています。そこで、そんな時代の移り変わりを体感してきた3人の気鋭スタイリストに集まってもらい、座談会を開催。

SNSが台頭する前と後を知る世代だからこそ持ち得た「ハイブリッドな感覚」。それがどのようにサロンでの働き方や考え方に影響しているのか。そして、30代を目前に控えた今、彼らが見据える未来とは。「繋ぎ役」として業界の中で注目されるこの世代の、独自の視点を紐解きます。

1995年生まれだからこその
“狭間”的な感覚

今回集まっていただいたのは、「yiye(ヤイエ)」のオーナー・小俣恭平さん、「ABBEY4(アビー)」の店長・木下新さん、「THE STRAMA(ザ ストラマ)」の店長・春宮雅之さん(五十音順)。3人とも1995年度生まれで、店舗は違えどアシスタント時代から切磋琢磨してきたそう。そんな彼らに、「1995年生まれならではの感覚」から30代の目標まで、幅広く伺いました。

PROFILE

おまた・きょうへい/1995年生まれ、栃木県出身。日本美容専門学校卒業後、都内2店舗を経て2022年4月独立。「yiye」をオープン。現在は2店舗のオーナー。
きのした・あらた/1996年2月生まれ、長野県出身。国際文化理容美容専門学校渋谷校卒業後「ABBEY」に入社。現在は「ABBEY4」店長を務める。
はるみや・まさゆき/1995年生まれ、長野県出身。名古屋美容専門学校卒業後STRAMAに入社。2023年9月「THE STRAMA」店長に就任。

──早速ですが、「1995年生まれならではかも」というような、“95年生まれのあるある”はありますか?

木下さん(以下、木下):「働き方に対する価値観」や「集客の仕方」など、色々な“時代の変化”が、人生の節目にちょうど被ってきた世代な気がします。集客の仕方でいえば、僕らがスタイリストになったタイミングでちょうど「モデハン」や「客ハン」する形から、「SNS集客」する形に変わったんですよね。

春宮さん(以下、春宮):うん、そうだったよね。コロナ禍を経たというのもありますが、その辺りから「飲み会」に対する価値観も変化した気がします。

──「飲み会」に対する価値観というと?

春宮:僕らがアシスタントの時代はモデハンや客ハンが集客の主流だったので、飲み会も集客に直結する大事な営業ツールという認識でした。

小俣さん(以下、小俣):確かに。僕らがアシスタントの頃はまだ、そういう「付き合い」を大事にしていた方が仕事にも良い影響が出ていた時代だったと思います。先輩からの誘いを断らないことが、ある意味「カリキュラムを頑張って進めること」と同じくらい大事な時間だと認識していました。

──近年は「職場の飲み会への参加は任意」という価値観に変わってきましたよね。世間では「Z世代は飲み会を嫌がる」と皮肉を言われることもありますが、みなさんはその価値観を受け入れられたんですか?

木下:はい。というか、僕らもギリギリ「飲み会嫌世代」だと思います(笑)。

小俣:「嫌だなー」って心の中では思いながら行く選択をする世代でもあるかもしれないですね(笑)。

──95年生まれは「Z世代」に入れられることも、一つ上の「Y世代」に入れられることもある“狭間”的な世代だからこそ、中間の選択を取りがちなのかもしれないですね。そういった95年生まれならではの感覚が、サロンワークで活きているなと思うことってありますか?

春宮:“狭間”的な感覚で言うと、下の世代の価値観も上の世代の価値観も理解できるからこそ、どちらからも頼ってもらえることが多い気がします。

──「繋ぎ役」的な役回りも担っている

小俣:上の人たちが「下の子の意見がわからない」って言うことがありますが、僕は下の世代の意見が分からないと思ったことは一切ないんですよね。それに、上の世代と下の世代を繋ぐ機会がこれまで多かったので、いまではすぐに解決策を導き出せるようにもなりました。

木下:確かに僕らは上と下のそれぞれの意見をバチっと言われる、ちょうどその間にいる感覚です。例えば、先輩方からは「集客のためには飲みに行った方がいい」と言われることが多かったんですが、下の世代の子で「SNSでバズって売れた子」が出始めて以降、下の子に話を聞くと、全然違う意見を持っていたりするんですよね。でも「繋ぎ役」を担ってきたことで、美容師として大事な“根性”的なところが磨かれた感じもしています。

身につけた「ハイブリッドな感覚」
後輩教育にどう活かす?

──先ほど木下さんが「スタイリストになった時期とSNS集客が主流になり始めた時期が重なる」とおっしゃっていましたが、みなさんはSNS集客の波にどのように対応しましたか?

春宮:僕は、コロナ禍以前はモデハンや客ハンをメインにやっていたんですが、コロナ禍を機にSNSに力を入れ始めましたね。コロナ禍に休業を余儀なくされて自由な時間がたくさんできたので、それを逆にチャンスと捉えてSNSでいろんな美容師さんを調べたり、バズっててかつおしゃれな投稿とかを調べたりしました。

小俣:実は僕はSNS集客が主流になる前からInstagramに力を入れていたので、アシスタント3年目くらいのときにはもう、カットモデルをInstagramで呼べるような状態になっていましたね。

春宮:そうそう。当時まだ著名人でもInstagramを始めたてだとフォロワー3,000人くらいの時代に、小俣はすでに3,000人フォロワーがいて。「小俣、著名人じゃん」みたいな(笑)。

木下:そうそう(笑)。

──小俣さんは、SNS集客を先取りしていたということですが、どのようにフォロワーを増やしていったんですか?

小俣:僕はアシスタント時代から作品撮りをやっていたので、それに参加してくれたモデルさんやカメラマンさん経由で、本当に“ちりつも”で増えていきましたね。実はその頃にも、SNSでうまくブランディングしている美容師さんたちがすでにいて。当時は10人いかないくらいで「キング」みたいな存在だったんですが、絶対に売れていくチャンスがSNSにあるっていうのが分かっていたので、自分を奮い立たせてやっていました。

木下:僕はSNSに取り掛かるのは遅かったんですよね。ただ漠然と「これまで先輩がやってきた方法だと、これからの時代はまずいんじゃ?」とも思っていて。スタイリストになってから作品撮りを始めて、徐々にSNS集客ができるようになっていきました。ただ、取り掛かるのが遅かったことで、Instagramの後に流行り始めたTikTokにも、同じように注力することができました。

──それで言うと、みなさんはモデハンや客ハンなど足で集客していくスタイルと、SNS集客の2軸でやって来られた「ハイブリット世代」でもある?

木下:そうですね。スタイリスト1年目の冬、「みんなSNSをやり始めたから」という理由で、逆張り的に毎日営業終わりに客ハンに行っていました。それはもう修行をしに行くみたいな感覚で、心の部分を鍛えていた感じです。

春宮:わかる。でも僕の場合は「美容師ってお客さまから選ばれる存在にならなきゃいけないはずなのに、なんで自分からハントしにいってるんだ?」っていう思いが出てきて。僕は飲み会の場が得意だったので、コロナ禍が収まってからは街で客ハンする代わりに飲み会に顔を出しまくって人脈を広げていきました。飲み会で最高のパフォーマンスをして、カットしに来ていただくみたいな(笑)。

──それぞれ試行錯誤しながら「自分のスタイル」を見つけていったんですね。

春宮:そうですね。それに、僕らの世代って、上と下の世代に挟まれながらも自分たちが一番やらなきゃいけない世代な気もしていて。例えばSNS集客を例に挙げると、下の世代に教えながら、自分たちもフォロワーを伸ばさなきゃいけなかったり。きのぴ(木下さん)がいい例で、自分がやって発見したことを下の世代に伝えたり、上の世代に「今SNSこんな感じです」って伝えたり、そういう役割を率先してやっているなって。

木下:美容師としての大事な部分や技術面はもちろん先輩方から教わって来ましたが、新たな価値観や今の時代の売れ方みたいなものは、確かに自分で試してみたり、同期に聞いたりしながら後輩の子たちに伝えていますね。

小俣:技術面とか美容師としての大事なことやマインドは先輩方から教えていただきながら、今の時代の売れ方とかは僕も別で考えていたかもしれないです。SNS集客に関しては先輩からアドバイスはもらわずに来ましたし。

──核になる部分は先輩から教わったことを大事にしつつ、“時代に合わせること”については、自分の嗅覚を信じて来たわけですね。

春宮:そうですね。でも逆に、最近になって僕らがアシスタント時代に先輩方から教わってきた価値観が、また重要視され始めてきているんです。ここ数年、新しい価値観に合わせることに重きを置いてきたところ、「STRAMAらしいスタッフ」が育ちづらくもなってしまって。管理職の人たちがそれに気づいてくださって変えていこうっていうムードになってから、上の人たちの考え方を下の世代に伝えていく方向性にシフトしました。

小俣:「yiye」でも、それは大事にしています。下の子たちの意見はもちろん聞くけど、あくまで「改善する」ために聞くようにしていて。より良くしていくためにスタッフの意見は聞くけど、それで大きく変更することはありません。あくまで僕の思想が主体になっていて、そこに付け足していくイメージです。サロンの軸を動かさないために僕の意見があるし、そこは動かしちゃいけないと思っています。

──「繋ぎ役」として下の意見は聞きつつも、上の世代から教わってきた思いを受け継いでいくということですね。

小俣:そうですね。下の子の意見を受け入れすぎてしまうと、やっぱりそのサロンがそのサロンではなくなってしまうので、大事にしている部分はしっかり伝えていきつつ、僕らもアップデートしつつというバランスを大切にしています。

木下:あと、それにはコミュニケーション量が大事だと思っていて。下の世代で「休みは休み」という価値観を持った子もいて、それはもちろん尊重するんですが、やっぱり大切にしたい後輩には「いま何してる?」って連絡して、ご飯に連れていっちゃいます(笑)。

──なるほど。では、そんな「ハイブリッドな感覚」を、後輩教育にどう活かしていきたいかお伺いできますか?

小俣:時代に合わせてSNSとか新しいものが入ってきますけど、それはあくまで副産物でしかなくて、やっぱり美容師が大事にしていることって技術がうまくて人間性も高いことだと思うんです。だから、後輩にいつも伝えるのは、「何をオーダーされても叶えられる技術力があること」と「お客さまに出会えて良かったと思ってもらえる人間でいること」。昔先輩に教えてもらった「目の前のお客さまをただかわいく、かっこよく、きれいにする」っていうことが全てかなと思うので、その部分を伝えるように心がけています。

春宮:僕らの世代がやっていかないといけないのは、「次」を生み出すことだと思っています。サロンの中での自分のナンバーツーじゃないですけど、上と下の間を持ちつつ進んでいけるスタッフを育てていかないとと思っています。そのためには、サロンワーク以外の時間をどれくらい使えるかだと思うので、上の世代とも下の世代とも、今後もコミュニケーションを積極的に取っていきたいですね。

木下:僕も後輩には良い美容師になってほしいという思いがあるので、「すてきな人になってほしいな」という気持ちでいつも接するようにしています。僕は、後輩には「時間」「愛」「お金」の3つをかければ返ってくると信じているので、それは今後も続けていきたいです。

──そんなみなさんは、今年度30歳を迎えます。これまで周りを支えてきた95年生まれのみなさんの個人的な目標を、最後に教えてください。

小俣:オーナー(店舗)としての目標と、プレイヤー(個人)としての目標の2軸あるんですけど。オーナーとしては、「yiye」というサロンに濃いファンをたくさん作って、いちブランドとしてきちんと認知されるように「yiye」を作り上げていきたいです。個人としては、今までやってこなかったことにトライするなど、これからも挑戦し続けていきたいです。俺も成長し続けるし、みんなも一緒にやろうねという気持ちです。

春宮:僕はもともと「STRAMAの顔になろう」と思ってここまでやってきたんですが、それは叶えつつあるのかなと思っています。30代は第二章だと思っているので、サロンへの愛を持って「次のSTRAMA」を作り上げていきたいです。また、僕は代表の豊田(永秀さん)を本当に師匠だと思っているので、もっと豊田の魅力を吸収しながら、今後もサロンに貢献していきたいです。

木下:僕は、30代では自分のブランドがほしいなと思っています。自分の名前を冠する何かや、自分を表現できる何かを持てたらいいなと思っています。それと、人生の目標にもなるかもしれませんが、僕と接してくださった方が「会ってよかった」と思ってもらえる人でいられるように頑張っていきたいです。

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これまで培ってきた「ハイブリッドな感覚」で、「繋ぎ役」として活躍してきた95年生まれの彼ら。そんな彼らが今年度30歳を迎え、さまざまな世代を繋ぎながら躍進していく姿が楽しみです。

那須 凪瑳
執筆者
那須 凪瑳

フリーランスライター、編集者。日本美容専門学校夜間部卒業。美容師免許保有。

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