文化と創造の交差点、河野富広が挑むウイッグの新次元

文化と創造の交差点、河野富広が挑むウイッグの新次元

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河野富広(こうの・とみひろ)――その名はファッション、音楽、アートの交差点に立ち、新しい美の形を生み出し続けるアーティストとして知られている。美容師としてのキャリアを礎にウイッグを総合芸術へと昇華させた彼は、「Comme des Garcons JUNYA WATANABE」「メゾン・マルジェラ」、ビョーク(BJÖRK)やNewJeans、XGなどとのコラボレーションでその才能を発揮し、世界に名を轟かせた。未だ進化し続ける彼の創作活動、そのルーツとクリエイティブの核に迫る。

河野富広 / こうの・とみひろ
Profile
河野富広

こうの・とみひろ

ヘア・アンド・ヘッドプロップアーティスト。1980年愛媛県生まれ。美容師として10年間サロンワークを経験。日本髪の技術を学び、2007年に渡英セッションスタイリストとして活動。2013年からジュンヤ ワタナベのヘアスタイリストとしてパリコレに9回参加。2017年にはニューヨークに拠点を移しウイッグ制作に力を入れ、メゾン・マルジェラやビョーク、NewJeansなどのコラボなど世界的に注目を集める。帰国後は「konomad」のキュレーターとしてコミュニティスペースも運営する。


キャリアの原点 ― 美容師としての経験

河野さんは創造のエネルギーに満ちた美容師としての出発点から、常に美を追求してきた。その足跡を辿ると、彼がどのようにしてウイッグアートの新たな扉を開けたのかが見えてくる。

「PERSONAS 111」

—愛媛で育ち、原宿のヘアサロンで働く傍ら、ヘア業界誌のフォトグラファーにも師事していたと聞きました。美容師としての経験は、現在のウイッグ制作やクリエイティブ活動にどのように影響していますか?

美容師時代にカットやカラー、パーマといった基礎技術を徹底して身につけたことは、今振り返っても非常に良かったと感じています。しっかりとした基礎があるからこそ、アイデアを形にでき、異なる技術をどのように組み合わせて最終的なビジョンに到達するかを見極められます。ウイッグ制作のスタイリングにおいても、美容師として培った経験が役立っていると思います。

—美容師からアーティストへと進化するに至った理由を教えてください。河野さんがウイッグを単なるヘアを変える手段ではなく、総合芸術として捉えるようになったきっかけはありますか?

子供の頃から、ゼロから何かを生み出すアーティストに憧れていました。例えば、画家や彫刻家のような人たちです。ヘアはさまざまな仕事や表現の追求を経てもなお、扱うのが難しい素材の一つであることは変わりません。

美容師、セッションスタイリスト*、そしてウイッグメーカーという順に、ヘアという専門分野にこだわりながら自らの肩書きをアップデートしてきました。それは時代の流れや自身の成長に伴って自然なことでした。ウイッグメイキングの技術習得や表現の広がりは、自分にとって個としての作品を生み出す力になっています。何より、他に代わりのいない特別な存在でありたいという思いを抱き続けてきたので、それが自分の強みだと感じています。

*セッションスタイリストとは、主に撮影、映像、ショーなどを媒体にサロンには属せずフリーランスで活躍するヘアスタイリストのこと

—多くのブランドやアーティストとコラボレーションする中で、良い作品を生むために特に大切だと感じたことは何ですか?

コラボレーションで大切なのは、お互いをリスペクトし合う関係性があることです。これが、良い作品を生み出すための重要な要素の一つだと思います。また、時代の空気感やその時に何が面白いと感じているかを共有することで、新しい表現が生まれるきっかけになるのもコラボレーションの魅力です。自分一人では成し得なかった新しい作品が生まれたときの喜びは格別です。

「Supreme」と「MM6 MAISON MARGIELA」とのコラボレーションで製作したウイッグ

自由と個性を纏う「Fancy Wig」の誕生

ウイッグを素材とした多様な表現が形作られる中、彼の創作に新たな息吹を吹き込んだのが『Fancy Wig』だ。誕生の背景にある、クリエイティブな閃きと実践の物語を聞いた。

「Fancy Extension : Kira kira eyes」

—ウイッグを日常でも楽しめる「Fancy Wig(ファンシーウイッグ)」というアイデアはどのように生まれましたか?

「Fancy Wig」 は、「Bespoke Wig(フルウイッグ)」との区別化で生まれました。フルウイッグは全頭を覆う手縫いのウイッグのことで、手間と時間がかかるため高価です。インスタグラムのフォロワーから「ウイッグが欲しい」という声を受けて、もっとカジュアルに身につけられるヘアアクセサリーを作ろうと決意したことが「Fancy Wig」の出発点です。自分の髪をすべて隠すウイッグには抵抗がある人でも、ヘアアクセ感覚で付けたり外したりできるウイッグなら、より多くの人に日常的に楽しんでもらえるのではないかと考えたのです。

—ウイッグのデザインやファッション性についても聞かせてください。

特に若い世代やアジア人の顔立ちに似合うデザインを意識し、リーズナブルでファッション性の高いものとして設計しました。地毛では再現できないような絵柄を楽しめるエクステや、チャーム付きのカラー三つ編みシリーズなど様々なデザインがあります。自由度が高く着用者のセンスに応じてアレンジができるため、オリジナリティを引き出せるのも魅力です。

—河野さん自身の働き方にも影響があったとお聞きしました。

「Fancy Wig」が誕生したのはコロナの初期でしたので、自分が現場に行かなくても「Fancy Wig」を送って現場の人にスタイリングしてもらうという、リモートで活動できる利点がありました。ヘアスタイリストとして新しい働き方にも繋がったアイテムです。

「Fancy Creatures」

従来のウイッグと「Fancy Wig」が持つ新しさはどこにあるのでしょうか?

ウイッグはこれまで「隠すもの」や「ステージ用」といった固定観念がありましたが、「Fancy Wig」は日常に取り入れられるファッションアイテムとして、新しい可能性を示しています。セッションスタイリストとして「瞬時に印象を変える」ウイッグの力を目の当たりにしてきたことが、ファッション的ポテンシャルを追求する原動力となっています。

五感を揺さぶる日常と、創造の原動力

彼のクリエイティブは、一体どこから生まれるのか。自然の中で研ぎ澄まされた感性と日常の観察から得た閃き、その秘密を明かしてもらった。

A Landscape of Fancy Creatures for 21st century museum of contemporary art,  Kanazawa 

—自然界や日常の中でさまざまな要素からインスピレーションを得ているとお聞きしました。

できるだけ外に出て自然のある場所に自分の身を置き、人間の持つ五感を働かせるよう心がけています。また、日常の中でもアイデアに面白さを感じた時にメモや写真を残し、あとで思い出せるようにしています。2020年以降、自然生物の色や形から影響を受けるようになった背景には、インスタグラムで美しい生物の画像が頻繁に目に入る時期があったことも関係しています。これは個人的な意見ですが、できるだけ同業の方の作品を見ないこともオリジナリティをキープする上で重要だと思います。

—特別なルーティンや習慣があれば聞かせてください。

映画をたくさん観ます。最近は特にドキュメンタリー映画や伝記ものが好きです。美味しいと聞いたものは積極的に食べに行きます。人間観察も好きで美容師時代にクセがついたのか、面白い、かわいい、かっこいい人がいるとじーっと見てしまいますね。

今後の挑戦とプロジェクト

最後に、未知の領域に挑む彼の意気込みとその未来の展望を見据える。

ビョーク来日公演で使用したウイッグ

—現在取り組んでいるプロジェクトはありますか?

コロナが始まった頃、ビョークのために制作していたwig seriesをまとめた本「Fancy Creatures(ファンシークリーチャーズ)」を2023年2月に出版しました。現在は、このシリーズに関連する続編に取り組んでいます。宇宙、未確認生物、 ミステリアスな想像上の生き物をウイッグで表現した一冊になります。自身の出版社「konomad editions(コノマド エディションズ)」を通じて記録や作品を形にし、少しでも多くの人に届けることが理想です。

—これまでの活動を通じて、美容業界にどのような変化を感じていますか?

これまで「Fancy Wig」や自分が掲げてきた最大のコンセプトである「transformation is beautiful(変容の美しさ)」をかかげて表現をしてきましたが、ヘアのデザインはより多様性に富んできていると感じます。10年前よりもヘアデザインの自由度が高まり、施術する側も楽しんでやっているのがわかる。それを求めているお客さまがいて、クライアントの要望も以前より自由になっています。

その結果、美容業界は今後も活気を増していくのではないかと思います。私自身の活動が、個人の枠を超えてワールドワイドに業界全体を盛り上げられたような気がしています。

—今後、取り組んでみたいプロジェクトやクリエイティブな挑戦を教えてください

異業種とのコラボレーションで生まれるものに興味があります。毎回ヘアから離れて、ヘアに戻ると新しいアイデアも浮かんできます。

ショコラティエなどのパティシエとのコラボレーションや、ヘアと食材、普段は組み合わせを考えないようなジャンルの融合に挑戦したいです。繊細なデコレーションに共通点があることから、新たな接点を探っています。

Fancy Creature [Icelandic Bird]
Mushroom Topper [Blue]

日本の伝統的なスタイルを再解釈し、新しい表現に挑戦したいとも考えています。ずっと触れては来なかったのですが、ロンドンへ行く前に学んだ日本髪の基礎である高島田〈日本髪の基礎〉を今の視点で探求し、どんな表現が生まれるか試してみたいです。

—多様なアイデアが広がる中で、さらに関心を寄せているテーマも気になります。

さらに自然界、例えば植物とヘアを組み合わせた作品にも興味を持っています。お互いに“伸びる”ものですし、メンテナンスも必要です。新しい作品が生まれる可能性を今専門家と話しているところです。

また環境保護の観点から、ヘアをオーガニックな素材としてアップサイクルできないかを考えています。ヘアドネーションなどを除き、日々多くの髪の毛が廃棄されているのを見ていて、リサイクルして再利用する方法を模索しています。

—最後に、メッセージをお願いします。

創作は日々のコツコツした積み重ねがやがて大きな成果につながります。毎日やれること、やりたいことを続けてください!クリエイティブ・プラットフォームの「konomad(コノマド)」もぜひ見てみてください。


—美容の枠を超え、アートやファッションの新境地を探り続ける河野さん。その視点から生まれるプロジェクトと業界全体に影響を与える革新的な挑戦は、これからも期待を超える。変容をテーマに活動する彼の、次に見せる“美の進化”が見逃せない。

木村 麗音
執筆者
木村 麗音

日本美容専門学校を卒業後、都内ヘアサロンでの勤務を経てキャリアを転換。少年ジャンプ編集部で3年間編集アシスタントを務める。その後、髪書房に入社しウェブメディア「ボブログ」の編集およびメディアマーケティングを担当。

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