「自由なカラー文化を広めたい」中国から来日、劉雨婷が日本で学びたいもの
「国家戦略特区」外国人美容師育成事業により、2023年4月から外国人美容師の日本での就労が可能になった。そんななか、育成機関の要件を満たした外国人美容師就労の1号店となったのが「TAYA」だ。3名の外国人美容師を採用した「TAYA」へ訪れると、美容業界の新しい姿が見えてきた。
撮影:橋本美花
今回3名を代表して話を聞いたのは、中国・江蘇省出身の劉雨婷(リュウ・ウテイ)さん。2022年にハリウッド美容専門学校を卒業し、日本の美容師免許を取得した劉さんは、昨年4月に「TAYA」に就職。現在はアシスタントとして、「GRAND TAYA GINZA」で働いている。
元々は中国で鉄道会社員として働いていた劉さんは、なぜ退職してまで日本で美容師として働き始めたのだろう。そのきっかけから、日本と中国の美容業界や文化の違いまで、幅広く話を聞いた。
日本の美容技術を身につけるべく、来日を決意
──劉さんが日本で美容を学びたいと思ったきっかけを教えてください。
日本の美容に興味を持ったきっかけは、親戚が日本のお土産で買ってきてくれたファッション雑誌を読んだことでした。それを読んだことで日本のファッションやヘアスタイルが好きになって、それからはオンラインで雑誌を購入して定期的に読むようになりました。
その後、2013年に初めて日本に旅行に来たときに南青山のヘアサロンで施術を受けたのですが、とてもかわいく仕上げてくださって。そこで、私も日本の美容師の技術を身につけたいと思いました。
「日本で美容を学びたい」。その気持ちは時を経ても揺るがず、5年後についに日本での生活をスタートさせた。まずは日本語学校に1年半通った劉さんは、卒業後すぐにハリウッド美容専門学校に入学。日本での美容師人生に向けて、大きく一歩前進した。
──劉さんが美容専門学校に通い始めたのは2020年。「国家戦略特区」外国人美容師育成事業が始まる前でしたが、美容師免許取得後は帰国する予定だったのでしょうか?
実は美容学校を卒業するギリギリまで、日本で美容師として就職できないということを知らなくて、就職するつもりでいたんです。せっかく日本で美容師免許を取得したのに働けない……、そう思っていた矢先、美容学校の先生方から「もしかすると数年後、外国人美容師の就労が可能になるかもしれない」と、教えてもらいました。
その言葉を信じ、日本に残る選択をした劉さん。粘り強く待った甲斐あって、約1年後、晴れて「GRAND TAYA GINZA」への就職が決まった。
日本の丁寧な美容技術と自由なスタイルを母国にも伝えたい
日本初となる外国人美容師の1人に選ばれた劉さん。期待と不安が入り混じる中、やっとスタートした日本での美容師としての人生。中国と日本のサロンどちらも知る劉さんに、美容業界や美容における文化の違いを聞いた。
──「GRAND TAYA GINZA」で働き始めてもうすぐ丸1年になりますが、実際に日本のサロンで働いてみて、いかがですか?
毎日本当に勉強になることばかりです。スタイリストを目指すなかでもちろん辛いこともありますが、それも含めてすべて勉強になっています。
なかでも私が働いていて一番驚いたのは、スタッフ全員が共通して持っている「すべてをきれいにしよう」という気持ち。開店前から退勤するまでその気持ちをスタッフ全員が持っていて、お客さまのヘアスタイルはもちろん、環境をきれいに整えるなど、丁寧さがあります。日本のサロンの雰囲気がとても好きなのですが、それはこういった意識から生まれているのかなと気づかされました。
また、施術の時間が短いことにも驚きました。例えば、中国でカットとカラーをするとなると、大体7時間くらいかかるんです。私は中国にいたときから日本のヘアスタイルに興味がありましたが、施術に時間がかかりすぎるので、実は日本に来るまで髪を染めたことがありませんでした。
──中国では髪を染めている人は少ないですか?
そうですね、日本ほど多くない印象です。でも、日本のヘアスタイルはとても人気で、中国のサロンで日本のサロンのInstagramの投稿を見せてオーダーする人もいるくらいですよ。
──そうなんですね。では中国のサロンに取り入れたい、日本のサロンの文化や技術は何かありますか?
やはりカラーリングを自由に楽しむ文化でしょうか。先ほども言ったように中国では施術時間が長いため、自由にヘアスタイルを変えたり楽しんだりする文化が日本ほど浸透していない印象です。それは使用している薬剤が違うなどの理由かもしれませんが、中国でも鮮やかなカラーリングを楽しむ人たちが増えたらいいなと思います。
──現行の「国家戦略特区」では最長5年間、美容師としての在留資格が認められていますが、5年間の就労期間が終わった後は、どうされる予定ですか?
私は将来、中国で自分のサロンを開くことを目標にしています。日本のサロンは細やかな気遣いが行き届いていて、「落ち着ける空間」だと感じているので、私も嘘のない落ち着ける空間を作りたいと思っています。中国とはまた違った日本のヘアスタイルやカラーリング、そして接客を、自分のお店でも提供したいです。
外国人美容師が日本の美容業界に与える影響
日本の美容の技術を世界へ届ける大きな第一歩となった、「国家戦略特区」外国人美容師育成事業。それと同時に、劉さんを始めとした外国人美容師たちが日本の美容業界に与える良い影響もあるのではないか。そこで、「GRAND TAYA GINZA」店長・岩原かえさんと、「TAYA」を運営する株式会社 田谷の広報責任者にも話を伺った。
ヘアサロンの国際化を実感
「GRAND TAYA GINZA」店長・岩原かえ
──「TAYA」では劉さんを含め、3名の外国人美容師を採用されていますが、彼女たちの存在はサロンにどんな影響を与えていますか?
これだけ国際化が進んでいる世の中ですが、日本人のスタッフたちはその感覚が今まであまりなかったようなんです。ですが、彼女たちと一緒に働くことで身をもってそれを感じられるようになりました。
また、私が店長を務める「GRAND TAYA GINZA」は銀座という立地もあって、海外のお客さまが来店してくださる機会が多く、中国人のお客さまが来店されたときは劉さんにアシスタントとして入ってもらうことが多いです。これまではタブレットを使って外国語に対応してきましたが、やはり言葉と言葉で直接やり取りできるとお客さまに安心していただけるので、とても助かっています。
──スタッフ同士のコミュニケーションはいかがですか?
劉さんには同期が2人いて、年齢は離れているのですが、3人とも仲良く話している姿や、一緒にご飯を食べている姿をよく見かけます。また、劉さんが簡単な中国語を教えてくれる機会もあって、異文化交流も楽しんでいますね。
──ちなみに、カリキュラムは全員同じですか?
待遇やカリキュラムはもちろん同じです。ただ、劉さんは第二言語を使って働いているわけなので、ゆっくり話したり、細かいところまで説明したりと、“伝え方”には注意しています。このお陰で、日本人のスタッフ同士でも曖昧になってしまうことがなくなり、好循環が生まれています。
――現行の制度だと5年間が最長の就労期間ですが、劉さんにはどのようなことを期待していますか?
「TAYA」では、“おもてなしの心”を大事にしています。それは接客だけでなく、技術や日々の掃除など細かいところにも通じます。そういうすべてがサロンの雰囲気に繋がると思っているので、劉さんには技術はもちろん、そういったおもてなしの心も中国のサロンに持ち帰っていただけたらうれしいですね。
変革の田谷。シームレスな美容文化へ
田谷 広報責任者
――「国家戦略特区」外国人美容師育成事業に応募した狙いを教えてください。
狙いというよりも、「日本の美容の技術を海外にも広めたい」という目的に共鳴して、応募しました。株式会社田谷は今年60周年を迎えて、会社としても転換のときを迎えています。働き方やライフスタイルが多様化するなかで、「TAYA」も時代にあわせてアップデートしていく必要があると感じており、昨年業務委託サロンの展開や、社内フリーランス制度もスタートしました。来店されるお客さまもより多国籍になってきた今、劉さんたちが日本と海外の文化を繋ぐ“架け橋”として、活躍してくださっています。
――今後も外国人美容師の採用枠を増やしていく予定はありますか?
はい、今年も増やす予定です。「人手不足を補う目的ではない、待遇・教育も日本人とまったく同じ扱い」という、事業の本質部分に共鳴したのと、今後会社が目指していく方向性にこの取り組みが合致していたというのが応募した理由です。「TAYA」が1号店として選ばれたのは、126項目の確立されたカリキュラムへの信頼があるからなのではないかと思っています。今後も確立されたカリキュラムを活かし採用枠を広げていって、ゆくゆくは日本の美容の技術が海外へと広がっていったらうれしいです。
- Profile
- 劉雨婷(リュウ・ウテイ)
「GRAND TAYA GINZA」アシスタント
1994年、中国江蘇省生まれ。日本のヘアサロンで施術を受け感動したことで、日本で美容師になることを決意。2022年にハリウッド美容専門学校を卒業し、2023年4月に「国家戦略特区」外国人美容師育成事業の初の外国人美容師として、「TAYA」に就職。