ヘアドネーションは意味がないってホント?私たちができていないこと、できること
「ヘアドネーション」は、ここ数年で広く認知され知らない人はいないほど。一方で、ネット上では「ヘアドネーション」「意味がない」といったキーワードが注目をあび、「髪の毛の寄付“だけ”では意味がない」と、さらに先へ時代は流れ始めているようだ。2016年より「つな髪」プロジェクトを始め、子供たちに1,470台の医療用ウイッグを寄付してきた(株)グローウィングの堀江幸子さんに話を聞いた。
- Profile
- 堀江幸子さん
(株)グローウィング CSR部「つな髪」プロジェクト
医療用ウイッグメーカーである(株)グローウィングが、2016年より展開する社会貢献活動「つな髪」プロジェクトの責任者。全国に15院ある小児がん拠点病院のがん相談員とコミュニケーションを取りながら、ヘアドネーション(髪の寄付)により自社にて制作した医療用ウイッグを子供たちに無償で提供する。中高生向けや企業向けセミナーも行う。
ヘアドネーション“だけ”では意味がない?
「ヘアドネーション=いいこと」で終わったら意味がない?
―――「ヘアドネーション」「意味がない」と検索されている方が多いようなのですが、どのようにお考えでしょうか。
ヘアドネーションは髪に悩みを持つ子どもたちを支援していますので意味がないということはありません。ただ、ヘアドネーションする“だけ”では意味がないと思っています。過去に、髪の寄付が急激に増えた際、髪の基準を守ってくださらない方や美容室がありました。その時「ヘアドネーション=いいことをした」で終わっていたり、時にはSNSの材料になってしまっていることに、どうしたら私たちの目的が伝わるのだろうと悩んだ時期があります。
―――「つな髪」プロジェクトの目的を改めて教えていただけないでしょうか。
私たちの目的は、ヘアドネーションを通してできる社会貢献です。①ウイッグを必要としている方(以降、当事者)への理解を深めることができる。②医療用ウイッグの役割を知ることで、もしもの時に備えることができるという2点です。「つな髪」プロジェクトでは、ヘアドネーション(髪の寄付)により18才以下の子どもたち用の医療用ウィッグを制作し無償で提供しています。
―――当事者への理解というのは、具体的にどういうことでしょうか。
ご友人からの「どうしてウイッグを使っているの?」、付き合いが長い美容師さんからの「ハゲができていますね」など、傷つけるつもりは一切なくとも、当事者の方が大きく傷ついてしまうことがあります。ほんの一例ですが、このような声を知ることでも「ヘアドネーション=いいことをした」から当事者への理解は一歩進みます。どのようなことに悩んだり苦しんだりしているか、少しでも多くの方にヘアドネーションを通して知っていただきたいと思っています。
―――医療用ウイッグの役割を知ることで、もしもの時に備える、というのはどういうことでしょうか?
日本人が生涯がんに罹患する確率は、2人に1人と言われています。コロナの後遺症で脱毛症になった方も増えました。ストレスなどにより自身で髪を抜いてしまう抜毛症という病気もあります。「もしも」は突然自分自身や身の回りで起こりえます。
さらに、抗がん剤を使う予定がありウイッグが必要と考える場合でも、薬の使用後約2週間で髪が抜け始めるため店舗で試着する余裕がないとおっしゃる方が多いんですね。値段だけで比較すると、「ファッションウイッグ」と「医療用ウイッグ」の差は大きいので、知識がないとインターネットで価格が安いものを購入する場合が多いと思います。けれど「つむじや分け目が不自然だった」と周りに気づかれないか不安になったり、「締め付けが強くて頭痛がする」と不快感を我慢して生活したり。結局買いなおしたりと余計なストレスを抱えてしまうことになりかねません。ヘアドネーションを通して医療用ウィッグを知り、1人ひとりがもしもの時に備えてもらい、将来誰かの役に立っていければ……という想いで活動しています。
31cm未満の髪では意味がない?
―――15cm以上31cm未満のヘアドネーションを唯一受け入れていらっしゃったのが「つな髪」プロジェクトだったと思うのですが、5月末で受付を終了した理由を教えてください。
今は在庫が十分に確保されており、保管場所にも限界があるため、現在は31cm以上の髪を募集しております。また、たくさん在庫があるから「意味がない」とは思わないでいただけると大変うれしいです。
31cm未満のヘアドネーションでつくる「インナーキャップウイッグ」は抗がん剤治療を受けるお子さんにとても人気で、寄付を希望する小児がん病院はたくさんあるのですが、制作資金が追いついていないのが現状です。弊社でも年間フルウイッグ120台、インナーキャップウイッグ50台を無償提供してはいますが、それ以上は現状難しく髪を切らないヘアドネーションとして「WDP(ウイッグドネーションプロジェクト)」で制作費への寄付金をいただき、小児がん病院へのウイッグ寄付に充てさせていただいています。もちろん寄付に頼らずに制作できるようになるのが一番いいと思っていますので、企業努力を続けたいと思っています。
―――15cm以上31cm未満のヘアドネーションを誕生させたことで、何か変わったことはありますか。
参加できる方が増えたことで、「ヘアドネーション」の認知は一気に広まったと思っています。美容室の方からも、多くのお客さまが切りに訪れてくれるようになったと聞きました。また子供たちが参加しやすくなったので、保護者の方からは心の成長や教育につながっている、家族で社会貢献について考える機会になったとおっしゃっていただくことも増えましたね。
―――ウイッグを必要としているお子さんは何人ぐらいいらっしゃるのでしょうか。
つな髪で、小児がん拠点病院へアンケートを取らせていただき調べたところ、小児がん(小児がかかるさまざまながんの総称。一般的に15歳未満)でウイッグを必要としている方だけでも年間800~900人という結果が出ました。お子さんがウイッグを希望される場合でも、ご家庭の経済的な状況や、急に外出が決まって用意をする時間がないという場合も多く、病院へ寄付することで相談員の方も気軽にウイッグをおすすめすることができてありがたいという声をいただいています。
大人の髪では意味がない?
―――ウイッグを希望するお子さんと同世代の髪がよく、大人の髪やヘアカラーしている髪では意味がないのでしょうか?
団体によって髪の基準が違うため、一概には言えません。また、髪の状態が基準に沿っていれば年齢は問いません。つな髪の場合は、キューティクルを剥がさずに、洗浄と殺菌処理のみ行って植毛していますので、白髪やヘアカラー、パーマなどをした髪は受付していません。ウイッグは子供が使用することを前提に作成していますので、大変心苦しいのですがご理解とご協力をお願いしています。
―――今後どのようにプロジェクトを進める予定でしょうか。
この7年間、つな髪が当事者の声を発信し続けることで、ヘアドネーションに参加した方が誰かに伝えようとしてくれたり、企業や学校が関心を持ってくださることで、ヘアドネーションの先にいる人たちのことを話せる機会が増えてきました。当事者を知ることこそ、ヘアドネーションのその先を知ることで、とても大切だと思っています。
つな髪サポート店(美容室)に行ったアンケートでも、半数以上の美容室から機会があれば抗がん剤治療や脱毛症、医療用ウイッグについて知識を深めて当事者のフォローや業務に役立てたいと思ってくださっていることがわかりました。美容師の皆さんにも、もっともっと当事者の声を知っていただけたら嬉しいです。
●医療用ウイッグを受け取った子供達の声
美容師ができていないこと、美容師だからできること
髪や頭皮に何らからのトラブルを抱えたお客さまは、知らない間に失客してしまっていることが多い。実際に(株)グローウィングの専門サロンへ来るお客さまの中には「美容室で嫌な思いをしたから」「近くの美容室は髪がない人への環境が整っていないから」と話す方が少なくないそうだ。当事者への理解は、当事者の気持ちを知ることから始まり、治療への知識やサロンの環境整備へとつながる。
私たち医療用ウイッグ専門店・専門サロンに来られるお客さまの中には、本当はもっと近くの美容室で医療用ウイッグの購入やメンテナンス。新たに生えてきた髪の手入れやヘッドスパもしたい!とおっしゃられる方も多くいらっしゃいます。
できること①パーテーションなどで区切ったスペースの用意を検討
髪や頭皮にトラブルを持つ方は、他の人に気づかれたくない、という気持ちが一番強い。他のお客さまがいる場所で「10円ハゲができてますよ」なんてもってのほか。一番は誰にも会わないように個室のセット面へ案内できることだが、カウンセリング時に気づいたことがあればパーテーションで区切ったスペースへ案内し脱毛状況を伝えるなどできるとよい。
スタッフ同士が会話しているのを見るだけでも、自分の話をされているのではないか。と考えてしまう方もいらっしゃいます。私語をひかえ、スタッフ同士は必要以上会話しないように自店でも教育しています。
できること②医療用ウイッグとファッションウイッグの違いを知る
いざ必要となった時に「医療用ウイッグ」という言葉自体になじみがないお客さまが多く、探すのに苦労してしまう現状がある。美容師が知っておくことでお客さまをフォローできることもあるだろう。特に抗がん剤治療による脱毛の場合、約2週間と短期間で髪が抜けるため頭皮が非常に敏感になっており、ウイッグの裏側(ベース)は綿など肌に優しい素材が好ましい。
●ウイッグの裏側(ベース)が違う=快適度が違う
●分け目のリアルさが違う=ナチュラルさが違う
◎ファッションウイッグ
メリット
安くて手軽でおしゃれ
デメリット
・つむじや分け目が無いものや、不自然なものが多い
・短時間着用を想定しているので、ウイッグの裏側が化学繊維で蒸れやすい
・サイズ調整がアジャスター式で、締め付けられている感覚がある
・人工毛や、工場で加工済の人毛が使用されているのでヘアカラーやパーマができない
◎医療用ウイッグ
メリット
・つむじや分け目がリアルに再現されている
・ウイッグの裏側は綿素材で敏感な頭皮にも優しい(グローウィング社の場合)
・サイズ調節は特殊なフィルムが体温に合わせてフィット(グローウィング社の場合)
・バージンヘア100%なのでヘアカラーやパーマなどが楽しめる(グローウィング社の場合)
デメリット
値段が高い
子供用・部分用ウイッグ(医療用ウイッグ)114,950円~(グローウィング社の場合)
できること③髪が抜ける治療や病気についての知識をつける
例えば抗がん剤を使用する場合その種類によって、いつ髪が抜けて、いつまでウイッグが必要で、その後、元のように生えそろうまで1年~1年半くらいかかる、など最低限の知識を美容師が持っているだけでも、当事者への理解に近づく。人によっては、直毛だったのにくせ毛で生えてきたり、頭皮がさらに敏感になったりと個人差も大きく、美容師がフォローできることもたくさんある。
当事者の方への理解が深まり、お店の環境が整ったら、ぜひ美容室からも積極的に発信していただきたいです。他の美容室との差別化にもなると思いますし、何よりも当事者の方々がより身近な場所で安心して治療も髪のケアもできるようになると思います。
ヘアドネーション基礎知識
●ヘアドネーションとは…髪の寄付のこと。小児がんや白血病の治療による脱毛、脱毛症、抜毛症、不慮の事故などで髪を失った子供たちに、寄付された髪を使用した医療用ウイッグをつくり無償で提供するという広い意味でも使われる。
●団体やプロジェクトにより寄付できる髪の長さや条件が違う!
[つな髪の場合]
・髪の長さ31cm~35cmあればOK
・使用できない髪
(髪質白髪/ブリーチした髪/黒染めした髪/縮毛矯正した髪/ストレートパーマ・パーマをかけた髪)
●団体やプロジェクトにより、髪の切り方と送り方も違う!
[つな髪の場合] はこちらから確認できます。
●今までのウイッグプレゼント数 1,470台 [つな髪実績]
●髪の毛の寄付状況 15万5,000人 [つな髪実績]
●サポート店数(美容室) 全国約800店舗 ※サポート店でなくてもヘアドネーションは可能。
つな髪では、子供たちが長く使用するウイッグであることを前提に、ドネーションされた髪を他団体様とは違った加工の工程で仕上げています。そのため、より厳しい条件を設けさせていただいています。髪の耐久性と自然なウイッグを最優先に考えて、寄付された髪のキューティクルを剝がさずに、かつ染めずに、洗浄と殺菌の加工だけして使用しています。キューティクルには決まった向きがあるので植毛時時間はかかりますが、ドライヤーの熱や乾燥、紫外線などのダメージからもしっかり守ってくれます。
- 執筆者
- 増田 歩
「CHOKi CHOKi」「Ocappa」「BOB」 etc.からのフリーランスライターです。ボブとショートをいったりきたり、趣味にしたいのはヨガ。