カフェ併設のサロン〈knof〉— 焼き菓子も、自由な働き方も、美容師の手で紡ぐ

カフェ併設のサロン〈knof〉— 焼き菓子も、自由な働き方も、美容師の手で紡ぐ

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特集:話題のサロン

photo:近藤沙菜
text:那須凪瑳

東京・笹塚の商店街に位置する「knof(ノフ)」。そこにはテラス席があり、ランチメニューの看板があり、入り口にはのれんがかかる。一見すると“ヘアサロン”とは思えぬ佇まいのここは、古民家をリノベーションした空間にカフェを併設し、夜には居酒屋「knom?」へとその姿を変えるユニークなヘアサロンだ。運営するteteグループの自由で柔軟な考えを体現し、実際に美容師がカフェの営業やメニューづくりを手がけている。

そこで、teteグループ代表の前嶋龍治さんと「knof」店長の津田玲菜さんに、独自の取り組みや働き方、地域との結びつきについて話を聞いた。

(左)まえしま・りゅうじ/1976年生まれ、茨城県出身。2011年に原宿に「tete coquette(テテコケット)」をオープン。現在はteteグループとして都内に10店舗を展開している。
(右)つだ・れいな/1994年生まれ、茨城県出身。公務員を経て日本美容専門学校通信科を卒業後、teteグループに入社。2店舗を経て現在は「knof」の店長を務める。

「好きが仕事になっていく」
焼き菓子もコーヒーも独学で

──「knof」はカフェ併設のサロンですが、どういった経緯でこの形になったのですか?

前嶋さん(以下、前嶋):コロナ禍で美容師の「働き方」や「生き方」に疑問を持ったのがきっかけでした。どうしても、美容師には「売り上げがなくなったらお終い」という考えがつきまとうと思うのですが、そんななかで二刀流・三刀流という働き方について考え始めたんです。

でも、ただ副業ができればいいというわけではなく、スタッフみんなのやりたいことを叶えたいと思ったし、自分たちがかっこいいとかオシャレだと感じられないものだと続かないとも思っていて。それらにマッチしたのが、カフェでした。

──笹塚を選んだ理由を教えてください。

前嶋:スタッフみんなが笹塚の商店街を再開発するプロジェクトを見つけてきて、古民家の空き物件があるのを教えてくれたのがきっかけです。その物件が飲食関係で募集をかけていたので、「カフェ併設のサロン」なら僕らにも出来るんじゃないかと。僕の思いつきで、試作のスコーンとベーグルをスタッフに作ってもらったところ、みんな手先が器用なのですごく上手で。なかでも一番上手だったのが津田でしたね。

「knof」で販売しているベーグル、スコーン、コーヒー

津田さん(以下、津田):私はもともと高校生くらいのときから、趣味で焼き菓子を作っていました。「knof」ではプロ用のオーブンや器具を揃えていただいたので、純粋に楽しくて夢中になりましたね。

──お菓子もコーヒーもクオリティが高いので、みなさんの手づくりと知って驚きました。作り方はどうやって学んだのですか?

津田:独学です。準備期間は3ヶ月ほどだったのですが、その期間は美容師の仕事を少し抑えて、焼き菓子づくりに集中しました。スタッフのみんなに試作品を試食してもらって意見を聞いて、どんどん改善していきましたね。

前嶋:焼き菓子は津田を中心に準備を進めてくれました。コーヒーはカフェ巡りが趣味のスタッフをバリスタに任命して、彼女にも独学してもらいながら準備を進めていきましたね。

今ではバリスタ以外のスタッフもコーヒーを淹れられるようになったそう

──自分の好きなことを職場で学べるのは良いですね。

前嶋:そうですね。基本的に「休みの日にやりなさい」ではなく、仕事中にやってもらっているので、スタッフのみんなは僕が大切にしている「好きが仕事になっていく」を実感してくれているんじゃないかと思います。

でも、もともとは美容師が「好きが仕事になっていく」だったはずなんですよね。それでも、続けていく過程で辛くなっちゃう子もいるので、そういう子が別の仕事を体験すると「やっぱり美容が好きだったんだ」っていうことに気づいてくれたりして。別の仕事をするのは、そういうことに気づく良い機会にもなっています。みんなには、「あくまで美容師あっての副業だよ」というのを伝えるようにしていますね。

──なるほど。津田さんは、実際に美容師とカフェの仕事を両立してみていかがですか?

津田:もともと強い思いがあって美容師になったのですが、ずっと趣味だったお菓子づくりを仕事にしてみて、やっぱり「もっと上達したい」といった悔しい気持ちも出てきてしまって。「どちらか一つに絞った方が良いのでは?」と考えた時期もあったのですが、その度に前嶋さんが「あくまで美容師が主軸だよ」というところに戻してくださったので、今では両立することを楽しめています。

プライベートサロンのような空間。
地域との関わりも

──「knof」は入口の“のれん”や、店内のアンティーク家具など、オシャレでありながら居心地の良い空間が魅力的です。内装や家具はどのように選んだのですか?

前嶋:僕がもともとアンティーク家具が好きで、プライベートでも集めているので、「knofに合いそうなアンティーク家具」をすぐにイメージできたんです。なので、「お客さまが喜んでくださる空間」を主軸に、「knof」に合いそうな家具をどんどん買い集めていきました。建物自体は、もともと少しリノベーションされていたので、ベースをちょっと直した程度ですね。

──「knof」は商店街にあって住宅地とも近いですが、やはり地元の方が来られることが多いですか?

津田:カフェをきっかけにご近所の方々が来てくれることも多いですが、お客さま層としては、「美容室が苦手な方」が来てくださることが多いです。

──「美容室が苦手な方」というと?

津田:表参道などの席がずらっと並んでいるような美容室だと緊張してしまう、というお客さまが内観や雰囲気を見て、“プライベートサロンっぽい”と感じて来てくださることが多いんです。「knof」はセット面を3席とかなり絞っているので、お子さま連れのお客さまが家族全員で来てくださることもありますよ。

同じ時間に予約してくださるご近所に住んでいる3人家族のお客さまがいて、3人とも違うスタイリストが同時に施術するのですが、その空間や時間ごととても気に入ってくださって。「knofさん、笹塚のここに来てくれてありがとう」と言っていただけたときは、本当にうれしかったですね。

──すてきなエピソードですね。確かに、カフェが併設されていることや、古材の温かな雰囲気によって、生活の延長線上で髪を切ってもらるような、どこかリラックスした気持ちで来店できそうです。

津田:他にも、ご近所の焼き鳥屋さんのスタッフの方々がコーヒーを買いに来てくださって顔見知りになって、逆にうちのお酒好きのスタッフがそこに飲みに行く、というようなコミュニケーションも生まれています。

前嶋:ちなみに「knof」では、月曜日と水曜日の夜だけ「居酒屋knom?」を営業しているのですが、その時間だけふらっと立ち寄ってくださるご近所の方もいます。お客さまの流れとしては、サロンには集客サイト経由で、カフェにはSNS経由で、居酒屋には通りすがりで来てくれる方が多いかもしれません。

あと、個人的に思い出に残っているのは、地域のお祭りのお神輿を担ぐ方々の休憩所に、「knof」のテラス席が選ばれたこと。お神輿を担ぐ方々がテラス席にぶわーっと集まったあの光景は、いまだに忘れられません。それを機に「knof」を知ってくださった方もいて、そういう形で地域や地域の方々と繋がれるのはうれしいですね。

休憩所になったという「knof」のテラス席

──なるほど。カフェのモーニングで「鶏だしのフォー」を提供していたり、「居酒屋knom?」では和食やエスニック料理を出したりと、メニューが豊富ですよね。メニューは誰が決めているんですか?

津田:これも、スタッフのみんなで話し合いながら決めました。

前嶋:「knof」のカフェも「居酒屋knom?」も、他店舗から参加したいスタッフが働きに来ている感じなので、店舗関係なくみんなで協力してやってくれています。特に「居酒屋knom?」は、原宿店からたくさんの酒好きのスタッフが参加してくれていますね(笑)。

──他店舗同士でコミュニケーションを取る機会にもなって、良い取り組みですね。

前嶋:そうですね。店舗が増えても、なるべくお互いにコミュニケーションを取ってもらえるように工夫しています。ちなみに、「居酒屋knom?」には僕も仕事終わりに飲みに来ますし、サロンワーク終わりのスタッフも食事したり飲んだりしに来る子が多いです。社割で食べられるようにしているので、みんなここでご飯を食べながらコミュニケーションを取ってくれています。

利他的であることは、
まわりまわって自分のためになる

──「knof」のあり方を伺っていると、いわゆる多角化経営や「カフェ併設サロン」とも異なる気がしてきます。

前嶋:そうですね。僕自身、別に多角化経営がやりたいわけではなくて、純粋にスタッフのみんながいいと思うものをお客さまに伝えることができたり、お客さまの衣食住の全てを何らかの形でサポートできたりするような、“かっこいい集団”になれればなと考えているんです。あと、現時点で50〜60人の社員がいるのですが、僕含め全員が現役の美容師なので、「美容師だからこそ伝えられること」や、逆に「美容師でもできること」を、美容業界に伝えて一石を投じられたらいいなという思いもありますね。

店内ではオリジナルプロダクトの販売も

──先ほど「他店舗のスタッフ同士が一緒に働く」という話も出ましたが、この「働き方」も新しいなと思いました。

津田:他店舗のスタッフ同士が働くというのは、実は「knof」ができる前から行われていたんです。

前嶋:うん。毎晩、僕がシフトを作って「明日ここね」って感じで共有して(笑)。

津田:そうですね、「明日はここ出勤だー」みたいな(笑)。

──店舗が主に渋谷〜原宿エリアに集中しているからこそできることですね。やはり、スタッフ間のコミュニケーションを考えて行っているのですか?

前嶋:そうですね。「最近ここがコミュニケーション取れていないから同じ店舗にしよう」とか、「ここが最近仲悪そうだから一旦離しておこう」とか(笑)。スタッフ同士が働きやすい環境づくりを意識しています。

──「新しい働き方」に挑み続けるteteグループの今後もとても楽しみです。では最後に、今後のビジョンや目標について、それぞれ聞かせてください。

津田:私は、お客さまお一人おひとりのトータルに携わっていけるような美容師であり続けたいと思っています。「knof」はセット面が少ないこともあり、一人ひとりと向き合える時間が長く取れるんですね。「お客さまの髪の毛をきれいにする」っていう使命はもちろんのこと、お客さまが悩まれていることを気軽に話せる存在でいられたらいいなと思います。髪のことはもちろん、ライフステージによって変化する人生の悩みなども話してもらえる場所や存在であり続けたい。年下のお客さまもたくさんいらっしゃるので、みんなのお姉ちゃん的存在でいられたらな、と思っているし、そこにやりがいを強く感じます。

──前嶋さんはいかがですか?

前嶋:teteグループとしては、沖縄にお店を出すことを計画しています。これは利益うんぬんというよりも、福利厚生の一つのようなイメージなのですが……。沖縄にお店を構えて、都内から3人1組くらいで2週間交代制で出張できたら面白いなと考えているんです。沖縄で働いているんだか、遊んでいるんだか分からないような(笑)。そんな場所を作れたら楽しいだろうなと思い、今計画中です。

また、美容室のない島に出張する「島の美容室」もできたらいいなと考えていて。1ヶ月に1週間だけ開ける美容室に参加しようかな、というのも考えています。

──前嶋さんのお話を伺っていると、自分や利益のためというより、スタッフや人のことを第一優先に考えて動かれているという印象を受けます。そこにはどんな思いがありますか?

前嶋:teteグループでは、『誰かのために成長し続ける。やがてはそれが自分の糧となり、自分の夢を叶える最速&最善の道となる。』というポリシーを掲げています。それはグループのポリシーであるとともに、僕自身の原点なんですね。だからお金儲けを優先するんじゃなくて、人のために動いていたいですし、美容師ができることの可能性を広げたいとも考えています。そういうふうに生きていた方が、いい人生が歩めると思うんです。

厨房に貼ってあったスタッフ同士の思い出の写真たち

利他的な姿勢で、自由な働き方や、これからの美容師の働き方を模索し続けるteteグループ。今後の躍進からも目が離せない。

那須 凪瑳
執筆者
那須 凪瑳

フリーランスライター、編集者。日本美容専門学校夜間部卒業。美容師免許保有。

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