ヘアコンテストが舞台の映画『メドゥーサ デラックス』ユージーン・スレイマンの創るヘア
独創的なヘアスタイルで名だたるファッションブランドのステージを支えてきた世界的ヘアスタイリスト、ユージーン・スレイマン。初の映画作品でのヘアデザインとなった、彼のクリエイションに迫る。
文・スミスさやか
『メドゥーサ デラックス』は、新鋭トーマス・ハーディマン監督、アカデミー賞候補の撮影監督による、全編ワンショットの英国発ゴシップ・ミステリー映画である。シッチェス・カタロニア映画祭、サンパウロ映画祭などで最優秀作品賞にノミネートされ、世界の映画祭で話題をさらっている素晴らしい映画だ。
しかしそれだけでは、美容業界人から注目されないだろうが、あのユージーン・スレイマンが、BIFA(英国インディペンデント映画アワード)で最優秀メイクアップ&ヘアデザイン賞を受賞した映画となると話は違う。
舞台は英国のヘアコンテスト会場。開幕直前に、優勝候補美容師が、頭皮を剥ぎ取られて変死した。ここから、優勝を狙って仕込みに励むファイナリスト美容師、そのモデル、コンテスト主催者と会場の警備員らをカメラが追いかけ、犯人探しが始まる。コンテスト出場者の、幻想的で独創的なヘアデザインを担当しているのがユージーンだ。
「ヘアコンテスト前の緊張感、美容師の話し方、振る舞い、モデル同士のゴシップなど、全てが現実と近くて、登場人物像を完全に理解出来た。実際に登場人物の一人とそっくりの人物と働いたこともある。トーマスは、僕がアドバイスをする必要などないほど美容とファッションの世界を熟知していて、彼の洞察力、人へ対する繊細なニュアンスの理解力もずば抜けているので、いい美容師にもなれるよ」とユージーンは語る。
トーマス・ハーディマン監督は、映画監督と美容師の道、どちらに進むか迷ったほど、美容が好き。だからこそ、美容を舞台にした脚本を書き、ランウェイのヘアデザインで魅了されていた、憧れのユージーンに頼みこんで映画のヘアデザインを担当してもらったという。
ユージーンは言う。「トーマスのエネルギッシュでカラフルな人柄は、周りに伝染するんだよ。作品作りは、仕事をしているというより遊んでいる気分だった。友達二人が意見を出し合い、共同作業した感じ。3日間の撮影に3ヵ月かけて準備した。作品を作っては写真を撮り、トーマスにインスピレーションを説明し、フィードバックをもらう事を繰り返した。全部で80近くのアイデアを出したと思うな。」
劇中のユージーンが手がけたヘアデザインには、ガーナの伝統ヘアスタイルにゴールドを散りばめた抽象的なアフロヘア、メイクとヘアをマルチカラーで一体化した1950‘sのビーハイヴ(蜂の巣)スタイル、ウイッグの頭の上にオブジェのように別のカラーのウイッグが次々に積み重ねられたカラフルヘア、何重にもうねる髪がまさにメドゥーサの如くとぐろを巻く黄金ヘア、そして極めつけは、ジョージアン・フォンタンジュ。マリー・アントワネットの船盛りヘアのような1791年のフランスの巨艦、ロリアンを乗せている。映画の冒頭にワイヤーの骨組みが剥き出しになっている製作途中のフォンタンジュが出てくるのだが、この完成版はいつ見られるのだろうかとヤキモキしてしまう人は、美容業界に生きる人間であれば筆者だけではないように思う。
「劇中のキャラクターにぴったり合った作品を作りたかったので、コンテスト出場者の心境を、自分の過去を振り返り、その頃の気持ちになって分析してみた。個性が強く、考え方も創造性が豊かな美容師とは、人間としてどんな生き物なのかを理解したかった。登場人物の性格、本人のビジュアル的な好み、出身などの要素を細かいニュアンスまでしっかりと固めて人物像を創り、それぞれの歴史や文化までをも作品に反映させたよ。自分の手とモデルを使って、劇中の美容師とチャネリングした気持ちだった」とユージーン。実際に何度か映画を見ているうちに、実は事件の真相の全ては、ヘアデザインで語られているのではないかと思えてきた。
ユージーンが普段手がけている、ファッションショーや雑誌などのセッションワークと、映画のヘアデザインとの大きな違いについては、「普段はデッサンや、画像からデザインを考えるので、今回は脚本という文章からデザインを考え始めた事がとても新鮮だったし、自分の中の世界が広がった気がした。ヘア、メイク、衣装を全て同時進行させたトーマスのアイデアは素晴らしかったよ」と語った。
英国美容雑誌のインタビューで、「趣味が良いと言われるものは誰が見ても良いから驚きがない。だから、悪趣味と言われるものに惹かれる」と語っていたユージーン。その悪趣味なものは、斬新な創造力をもつ者の目にはアイデアに映り、さらにユージーンはそのアイデアを自分の手で美に変える力を持っている。余談だが、外国人のほとんどが選ばないであろう、「マグロ納豆」がユージーンの大好物の日本食であるというのも斬新である。
「メドゥーサ デラックス」には監督の美容への愛がたくさん詰まっており、美容業界人だけを招待した上映会があったほどだ。だから美容師の皆さん、この映画のエンドクレジットは最後まで見て、その愛の証を受け取るまで席を立たぬよう。
- Profile
- ユージン・スレイマン
イーストロンドン生まれ。1982年に美術大学を中退し、美容師見習いとしてキャリアをスタート。伝説のスタイリスト、トレバー・ソルビーに弟子入りし、1995年ジル・サンダーのキャンペーンに参加したのをきっかけに、キャリアは一気に加速。ハイダー・アッカーマン、アン ドゥムルメステール、カルバン・クライン、プラダなど、数多くのデザイナーのために毎シーズン注目を浴びるルックを作り出してきた。レディ・ガガが「アレハンドロ」(2009)のMVで着用しているトリムボブも彼の手によるもの。
また、バレンシアガ、ジバンシー、フェンディ、ランバン、エルメス、ヨウジヤマモト、メゾン マルジェラなどのキャンペーンでもコラボレーション。ほかにドルチェ&ガッバーナ、ドリス ヴァン ノッテン、セリーヌ、シャネル、クロエ、ルイ・ヴィトン、イッセイミヤケ、ステラ マッカートニー、ヴァレンティノなどのランウェイヘアを手がける。
『メドゥーサ デラックス』予告編
『メドゥーサ デラックス』作品情報
2022年 シッチェス・カタロニア国際映画祭 最優秀作品賞 ノミネート
2022年 英国インディペンデント映画賞 最優秀メイクアップ&ヘアデザイン賞受賞、最優秀プロダクション デザイン 賞 ノミネート、ダグラス・ヒコックス賞 ノミネート
2022年 ファンタスティック・フェスト 最優秀監督ネクスト・ウェーブ賞 受賞
2022年 ロンドン映画祭 サザーランド杯 ノミネート
2022年 ファンタジー映画祭 観客賞 ノミネート
2022年 サンパウロ国際映画祭 最優秀作品賞 ノミネート
2023年 サニーバニーLGBTQIA+映画祭 観客賞ノミネート
2023年 グアダラハラ国際映画祭 審査員賞 受賞
監督:トーマス・ハーディマン
撮影:ロビー・ライアン
ヘアスタイリング:ユージン・スレイマン
音楽:コアレス
出演:アニタ・ジョイ・ウワジェ、クレア・パーキンス『秘密と嘘』、ダレル・ドゥシルバ「警視ファン・デル・ファルク アムステルダムの事件簿」、デブリス・スティーブンソン、ハリエット・ウェッブ、カエ・アレキサンダー『レディ・プレイヤー1』『マレフィセント2』、ルーク・パスカリーノ『スノーピアサー』
原題:MEDUSA DELUXE
2022年/イギリス/英語/101分/1.33:1/5.1ch/日本語字幕:金関いな
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:セテラ・インターナショナル
© UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021
2024年4⽉26⽇(⾦)DVD発売予定
4,400円(税込)
発売元:セテラ・インターナショナル
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
- 執筆者
- スミスさやか