大学と美容室10店舗を運営するSENJYUグループ(東京・表参道)が共同で開発したAI「デジタルサロン」が始動した。
「いやいや、美容師は手しごと。AIに代われる業務はナイでしょ」
そう感じる人も多いかもしれない。
けれども、SENJYU 代表 森越道大さんは思う。
「テクノロジーが進化したとき、美容師は利用料を支払ってAIを使用するだけで良いのだろうか?」
刻々と進化するテクノロジーによって美容師の本質が失われないために、美容師がAIプロジェクトを主導する。
これこそが“美を通して豊さを生み出す”美容師の創造であり、自分がやるべき使命であると感じた。
2020年からプロジェクトをスタートさせた森越道大さんに、このビッグプロジェクトの目的と開発経緯を聞いてきた。
豊かさを生むために今、美容師がやるべき
進化するテクノロジーによって、美容師は豊かになっただろうか?
森越さんは、テクノロジーが進むと美容師の本質が失われることに警笛を鳴らしている。
「AIと聞くと、まだまだ先の未来の話に思えて、なかなか実感が持ちにくいかもしれません。
けれども10年、20年後、今のスマホや予約システムのようにAIが日常に当たり前に存在する日が必ず来ます。
そうなったとき、美容師は利用料を支払ってAIを使用するのではなく、AIそのものを美容師が所有しておくべきだと僕は考えています」
美容師が美容師のためにAIプロジェクトを推進し、使う権利を保有する。
これにこだわり、2020年から愛知産業大学 スマートデザイン学科ヒトデジタル模倣研究室の伊藤庸一郎教授のAI生成プラットフォームに、実在のスタイリストと同じように思考し、お客さまの髪を診断するデジタルクローンを共同開発してきた。
そのデジタルクローンの元となる美容師が年間約5000人のヘアケアを担当する森越さんであり、森越さんの施術をAIが模倣。サロンにカメラを設置し、2年以上かけてカウンセリングを動画に収めた。
髪の状態は履歴やダメージレベルごとに細かく分けると300程のタイプに分けられる。
お客さまが疑問を持ったそのとき「森越さんならどう解決するか」「森越さんはお客さまの何を見ているか、どこを見ているか」をAIに学習させた。
そして2022年秋、「森越クローンAI」のプロトタイプが完成した。
いつでもどこでも悩みを解決してくれる“分身”
思いつくことは何でもできるというAI「デジタルサロン」だが、まず実用化を目指しているのは、お客さまが感じる不安や悩みを疑問を持ったその時に解決できる「寄り添い美容師AI」。
自宅でのお手入れ方法や髪が上手くまとまらないなど、お客さまが感じる疑問を“不安に感じたその時”に専用アプリで質問し、AIが即座に悩み解決方法を提案する。
たとえば、お客さまが自宅で・・・
AI機能により動画でアイロンやスタイリング方法を教えたり、将来的にはアイロンなどの美容家電にAIを搭載して自動で温度設定や送風設定を行うことも可能になるという。
プロトタイプに続くデジタルクローン5人は協力サロンの美容師AIをつくり、さまざまな強みを持つ美容師クローンに膨大な技術や知識を搭載することで、さまざまな髪質や悩みに対応していく。
「デジタルサロン」の開設は2023年4月。
プロトタイプを運用しながら、実用化は2027年4月を目指している。
美容師の“参加券”を発行予定
森越さんはこの「デジタルサロン」を自社の所有物にするのではなく、美容室業界を挙げたプロジェクトにしたいと考えている。
だから、美容師が数百円〜千円程度の低額で参加券を発行できる仕組みを考案した。
「数百円〜千円程度の低額にする予定なのは、美容師さんから開発費を集めたいわけではなく、多くの美容師さんに集まってもらいたいからです。
先行投資してくれた美容師さんたちが、来たるAI時代にAIの使用権限が保有できるシステムをつくりたい。
与えられたテクノロジーを使いこなすのも良いですが、これからはそれだけでなく、美容師が未来をどうしていきたいか本気で考え、美容師がつくるAIシステムが1つの文化になるように・・・」
2022年10月末現在、GOALD、i.、COAの協賛が決定しており、今後もさまざまな美容室の協力体制が整いそうだ。
さらに金銭面での投資だけでなく、時間を費やしてAI制作に協力してもらえる美容師も募り、協賛金や累計稼働時間によって未来のAI使用権限が異なるシステムを考案中。
2027年までに1万人の美容師の協賛を目標に、投資家からの資金調達にも動き始めた。
テクノロジーで想いを切らない
話を聞いていて、なぜ森越さんがここまで「テクノロジーに想いをのせる」ことにこだわっているのかが気になった。
北海道の函館で育ち、進学校を中退。
函館で美容師を始めた森越さんは、どこか美容師という仕事を斜めに捉えていた。
極度の人嫌いであった森越さんを変えたのは、GARDENという美容師が切磋琢磨する場所であったという。
「僕はGARDENに入って頑張ることのおもしろさを知りました。
美容師がずっと昔から大切にしてきた目の前のお客さまを美しくするという美容師の本質は、どんなにテクノロジーが進化しても失われてはいけないものだと思います。
だから僕は美容師から美容師へ脈々と引き継がれてきた大切な心を、想いのないテクノロジーで分断されたくないんです」
自分が与えてもらったことを返すためにも、「美容師の手でつくるデジタルサロン」をデジタル資産として後世に残したいと考えている。
2027年の実用化に向け、森越さんの挑戦はまだ始まったばかりだ。
伊藤教授のコメント
- Profile
- 伊藤庸一郎
愛知産業大学
スマートデザイン学科ヒトデジタル模倣研究室 教授
より“人らしいAI“時代へ
これまでのAIの流れにおいて、「業務を模倣することは比較的易しいが、感情表現などをデータ化していくことは困難」と言われてきました。特に、専門的な領域のAI化(=エキスパートシステム)は非常に難しいとされ、「専門的な領域をエンジニアがヒアリングするのが困難」という理由から実装に至らないケースが多々あったためです。
しかし、多様化複雑化する時代において、人と人を結びつけるには「次世代の多能的エキスパートシステム」の実装が求められています。
たとえば「カツ丼を食べたい」という事例があるとします。
そこに至るまでに『Thinkeye』はエレメント(判断材料)として
- お腹が空いた
- 時間は?
- この間食べたカツ丼美味しかったな
など、さまざまな要因を常に条件分岐で答えに導いていきます。
人の思考を表現するにはさまざまな要因が連携しています。
それを『Thinkeye』の機能により、以下のように優先順位を決定して「c」の結果に至る理由を辿れるような仕組みが可能になります。
美容師は身近なことを気軽に話せる存在として、これまでもさまざまな情報の窓口になってきました。
他のサービス業と比べて滞在時間が長く、顧客のライフスタイルに合わせて提案を行う美容師だからこそ、今後、モノやサービスを売るチャンスの最先端として、D2C(Direct to Consumer)を推し進めていく存在になっていくと思います(談)。
- Profile
- 森越道大/もりこしみちひろ
株式会社SENJYU 代表取締役
1989年4月13日生まれ。北海道出身。進学校から漁師を経て美容師へ。ハリウッド美容専門学校卒業後、GARDEN入社。2020年よりSENJYUチームとして活動し、「あなた以上にあなたの髪を想う」がコンセプトとなる。2022年4月に株式会社SENJYUを設立。2022年9月にGARDENを退社し、自店舗を持たず他社と協働し、全国の美容室で施術をする新しい形のプロフェショナルチームとしてSENJYUを急拡大中。現在SENJYUには40名のフリーランス美容師が在籍。2023年には銀座や大阪など、SENJYUブランドサロンをオープン予定。