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高いプロ意識を持つ一流人
ヴィオラ奏者と美容師の類似点

あなたにとってプロとは何ですか?

瞬時に答えられたあなたは、常に“プロ”であることを意識している一流人です。ドキッとしたあなた、もしかしたら“プロ意識”が欠けているのかもしれません。人によって受け止め方の違う、定義されていない“プロ意識”という言葉は、個の意識が試される。他業種を通し、仕事の向き合い方を今一度見直してみませんか?

※この記事は、髪書房WEBZINEにて2016年8月に取材・掲載したものです。

他業種のプロの足跡

周りの友人の習い事がうらやましくて始めたヴァイオリン。決して音楽家庭ではない、普通の7歳の少女が人生で初めて出会った楽器だった。週1回のヴァイオリンレッスン。楽しくてしょうがなかった。そんなヴァイオリンに心を躍らせる少女が音楽家を志したのは、ヴァイオリンを始めてすぐのこと。

「たまたまバレエの公演を観に行く機会があったんです。普通はバレエダンサーに目がいくと思うのですが、私は舞台の前に、客席より低い位置に微かに見えるオーケストラピットに夢中でした。入場するオーケストラ。楽器を調律する数々の音色。そしてチャイコフスキーの『白鳥の湖』の一小節目が流れた瞬間、全身に鳥肌が立ちました。この人たちのようになりたい。プロの音楽家になろうと決意したのはまさにこの瞬間でした(齋藤美弥子さん)」

もっとレッスンがしたい。週1回のレッスンを2回にしてほしいと7歳の幼き少女が懇願するも、願いは叶わず自宅での自習の毎日。そんな少女もいつの間にか16歳の女性となり、新たな楽器と出会った。ヴァイオリンよりも5音低い音を奏でるヴィオラだった。

 

答えは自分で導き出すもの

ヴィオラに運命を感じた彼女はプロの養成所(音楽大学)を目指すことをヴィオラの先生に打ち明けると、レッスンは一層厳しくなった。

「1時間半のレッスン中は罵声しか飛んできませんでした(笑)。『違う!』『そうじゃない!』『全然だめ!』ワンフレーズを弾くごとに怒られていましたね(齋藤美弥子さん)」

決して答えを教えてくれない師匠に対し、がむしゃらに答えを探す日々。学校後の毎日の2~3時間の自習は当たり前。その他にも課題はたくさんあった。目指していた東京学芸大学に合格するためには、専攻している楽器以外にピアノ、声楽、聴音、楽典の他、一般大学の試験と同様に国語、数学などの教科を含めた10科目ほどあるテストをクリアしなければならないからだ。

罵声を浴びてから1週間後、「それ!」と師匠が突然言い放つ。とうとう探し求めていた一つの答えが見つかったのだ。音色や呼吸、アタックと呼ばれる音の正確な出だしなど、あらゆる術において自分なりの答えを見つけるのは、長年にわたるプロ音楽家の試練。

 

リミットを打つ決断力

7歳から始めた音楽人生も、プロへの最初のステップとなる音楽大学へと進む。数ある音楽大学にはそれぞれ”ブランド”というものが存在し、その”ブランド”はオーケストラ入団を左右するとても重要な物差しになる。しかし、齋藤さんが入学したのは音楽大学の中でも「音楽」よりも「教育」が強みだというイメージが先行する大学だった。そのため、オーケストラの知り合いがほとんどおらず、プロの音楽家の王道である大学時代で先輩や恩師の伝手(つて)によるエキストラとしての高い経験を積むことがまったくできなかったのだ。

「もちろん、エキストラとして何度か参加したことはありました。でも他大学の学生さんと比べるとその機会は無いに等しいほどです(齋藤美弥子さん)」

大学受験の7倍という倍率を乗り越えた先にまっていた壁はさらに高かった。

「卒業後、師匠もいない、先輩の伝手(つて)もない。当時は不安しかありませんでした。3年で入団できなければ音楽を辞めようと決めたんです。区切りをつけて行動しようと。そう思い今の状況を変えるため、音楽の夏期講習に参加しました。そのときに出会ったヴィオラの先生が私の運命を変える大きなきっかけになりました。先生の善意で普段は行っていない個人レッスンを1週間毎日2時間もしてくださった(齋藤美弥子さん)」

1週間の特別レッスン後、弟子入りしオーケストラのオーディションに受かるためのレッスンを積み重ねていく。音楽家の王道を通ってこなかった齋藤さんの大学生活を聞いた師匠は、数々のオーケストラ団体を紹介。エキストラとして場数を踏むことを指示する。

「今までまったく伝手(つて)がなく悩んでいたエキストラの仕事も、先生に紹介していただいてからすぐに依頼が来ました。一度に3つほどいただいたのでびっくりしましたね(笑)(齋藤美弥子さん)」

早いときで2カ月前、遅くて開演の2時間前に依頼が来るエキストラの仕事。技量が試されるエキストラは、プロに入りたいと熱望する音楽家たちの厳しい集まりだった。

 

団体で活動すること、フリーで活動すること

当然のこと、プロの音楽家になるのは容易ではない。

卒業後、「あなたの出身大学は演奏家が集うブランドではない」などと見下され、悔しい思いをすることとなった音楽大学の入学試験ですら7倍という競争率。その中で日々腕を磨き、さらに上を目指すプロ意識の高い者しか集まってこないオーケストラの正団員オーディションは最大では50倍を超えるというとんでもなく狭き門だ。つまり、正団員の椅子は熾烈な競争に勝ち残ったプロ中のプロだけがつかみ取ることができる栄誉あるものといえる。齋藤さんも何度もその狭き門に泣かされたという。

「オーディションを落ちるたびに絶望感に打ちひしがれました。フリーの演奏家として活躍する選択肢もありましたが、私は絶対にオーケストラの正団員として演奏がしたかったのです(齋藤美弥子さん)」

7歳の時に経験した全身に鳥肌を立てるほど憧れたオーケストラピットの音楽家たち。大学のブランドによって見下してきた人たちを一人前のヴィオラ奏者として見返したい強い想い。意志と信念を絶やすことなく練習とオーディションを繰り返した齋藤さんは、夢を追いかけるリミットとして定めた3年で見事にオーケストラ正団員という狭き門をくぐり抜けたのだった。

 

芸の道に終わりはない音楽家としてのプロ意識

プロの音楽家集団の中で演奏をすることでさらに高まるプロ意識。プロであることで周りの見方が変わり、そして自身も変わる。

「今まで以上に音楽に対して積極的になりましたね。正団員になったということは代わりがきかないということなんです。1人でも穴を空けたらその音楽は成り立ちません(齋藤美弥子さん)」

全員揃って1つの音楽が奏でられる。だからこそ、どんなことがあっても演奏する曲は必ず完成させる。それが楽隊魂であり、音楽家のプライド。そして本番で120%を出し、お客さまを幸せな気持ちにさせることが最大の努め。

「『何のために仕事をしているのか?』と問われたら、もちろんそれは聴きに来てくださるお客さまのため。音楽は人を元気にさせる力があります。それは美容師さんが持つ力と似ていると思うんです。お客さまの笑顔を見るために、腕を磨く。腕を磨けば磨くほど、お客さまの笑顔が見られますからね(齋藤美弥子さん)」

コンサートの曲目またはプログラムが与えられるのは余裕がある時期で公演の1カ月前。ときには3日前という厳しい状況下の中、自習で6時間費やすのは至極当たり前であり普通のこと。寝る間も惜しんで練習に打ち込んでいるはずの齋藤さんだが、どのくらいの時間を練習に費やしているかを正確に把握されてはいない。それはきっと、どれだけ練習したかが大切ではなく、自分が納得するレベルまでに曲が完成されたかどうかが重要だから。今でもプロの演奏家のもとにレッスンへ通っているというから驚きだ。

「もっと勉強がしたい。もっと腕を磨きたい。自分の演奏を違うプロの視点でアドバイスをいただいたとき、新たな気づきが生まれるんです。芸を生業にする人に“終わり”なんて言葉は存在しないのだと思います(齋藤美弥子さん)」

齋藤さん自身も数々のコンサートを聴きに行くという。涙が自然に出ることもあり「音楽ってこんなにパワーがあるんだ!」「多くのお客さまにも味わってほしい!」と仕事へのモチベーションを高めることを心掛けている。

プロとして求められているのは本番で120%の力を発揮すること。一番良いコンディションで本番に望めるよう、練習量のバランスにも気をつけているという。

「演奏したことのある曲はリハーサルの時に腕慣らしをする程度。初めての曲の場合は、完成されるまでとことん練習します。ときには力を抜くことも必要だということです。本番に向けた体のコンディションづくりもプロとして大切な要素ですからね(齋藤美弥子さん)」

技術力を高める努力はもちろんのこと、常にプロであるための姿勢を教えてくれた齋藤さん。最後に齋藤さんの夢を訪ねると、

「今所属しているオーケストラ・ジャパンを“ワールドオーケストラ”にすることです。素晴らしい人材に入団したいと思ってもらえるよう、一人のヴィオラ奏者としてさらに腕を磨いていきたいですね(齋藤美弥子さん)」

技術だけではなく、音楽に人生をかけるひた向きなプロ精神が、お客さまにさらなる感動と幸せを与えているのだろう。

 

Profile
齋藤美弥子(さいとうみやこ)/7歳よりヴァイオリンを始め、16歳でヴィオラに出会い転向。ヴァイオリンを井崎郁子・二村英之、ヴィオラを田中あやの各氏に師事。室内楽を安永徹氏に師事。東京学芸大学教育学部芸術課程音楽科(ヴィオラ専攻)で中学・高校の教育免許(音楽)を取得し卒業。1995年新星日本交響楽団入団。2004年より1年間、パリ・スコラカントラム奨学生として留学。P.フォーレ氏に師事。2015年1月まで東京フィルハーモニー交響楽団のヴィオラ奏者として活躍後、2015年4月にオーケストラ・ジャパンに入団。

月刊BOB編集部

AUTHOR /月刊BOB編集部

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